(Sq3、新2ほか)

□彼の者を思う(sSq2)
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目に飛び込んできたのは、一面の桃色だった。
一面の桃色を作り上げたのは、ピンクの小ぶりの花達だ。花一輪は手のひらに幾つか載せられるほどの大きさだったが、それらを山ほど枝に飾る木々の列が、道に沿って続いている。

ギルド "オルセルク" 一行は、雪の積もる階段を昇り、第4層に足を踏み入れていた。
この層は、これまでの1〜3層のように、閉じた空間ではなかった。青空も見え、太陽の光が明るく差し込む開放的な場所だった。

ハイランダーの少女は歓声を上げる。
彼女はギルドの仲間にたまらず話しかけ、感動を分かち合っていた。もちろん、危険な世界樹の中なので羽目は外さない程度に。

少女達と同行していた赤マントの少年―チェルクは、桃色の華やかさと美しさに目を奪われていた。

(何という美しさだろう)
心の中が浄化されるような、また、満たされるような高揚感。
このわき上がる感情は、少年が身を置いていた城内では味わえないものだった。
言葉を失う、または筆舌に尽くせぬ美しさとは、この咲き乱れる桃色達のようなものを指すのだろう。

(この素晴らしい眺め。城の者達にも見せたいものだ…)
チェルクが遠い故郷に想いを馳せていると、黒髪眼鏡の従者の姿がよぎった。
この従者は、チェルクが幼い頃からそばにいてくれた若者だ。慌て者だが優しく、心からの友情を初めて会ったときから注いでくれた。
この黒髪の従者のことを、チェルクは肉親よりもひそかに信頼を寄せていた。チェルクからすれば、兄のような、親友のような存在だった。

(ユノスは元気だろうか)
チェルクは思う。ユノス―黒髪眼鏡の従者とチェルクが最後に会ったのは、城の治療室の中だった。
寝台の上の従者は、主人である少年を心配させまいと、笑顔を浮かべ、気丈に、明るく振る舞おうとしていた。
その時のやりとりが、少年の中で蘇る。


********
『ご迷惑をおかけしてすみません。もう暫くすれば、自由に動き回っても良いそうです』
『そうか…』
少年は従者にかける言葉がなかった。
チェルクとその従者は、城周辺に現れた魔物の討伐隊に加わり、討伐隊の兵士達とともに脅威と戦った。
しかし、その戦いで従者は重傷を受け、長い間眠りにつくことになった。
弱くはない彼が大怪我を負ったのは、チェルクを魔物の最後の一撃から庇った故だった。

(迷惑だなんてとんでもない)
少年は心の中で呟いた。
従者のこの怪我は、少年が負わせたようなものなのだ。
それなのに、この従者は、怪我の原因を作ったチェルクを恨む素振りを見せない。それどころか、彼は怪我など負ってもないかように、普段通りに振る舞っていた。
『王子の世界樹へのご出立には間に合いそうです』
『……』
チェルクは、王に課された試練をこなすため、この従者と世界樹に向かう予定だった。
目前の従者の姿を見て、声を聞いて、少年は静かに決意を固めた。
しかし、チェルクはその決意を告げはせず、代わりに後悔の念を口にする。
『すまない、私が未熟なために、ユノスが…』
『いえ、王子が気に病むことは全くございません!全てはわたしの力不足が招いたことですから…!』
従者は慌てて、必死にチェルクの言葉を否定する。
『どうか、ご自身を責めることだけはおやめになってください…』
『……』

チェルクは塞いだ気持ちのまま、そっと手のひらを従者に向ける。従者は、目の前にいる少年が回復の技ーエクスチェンジを使おうとしていることを察したのか、大丈夫ですよ、と声をかける。
『回復の技を使うと、王子が疲弊してしまいます。王子の大切なお力を、わたしの治療に使ってしまうのは…とても勿体無く、身に余ることです。
そのお気持ちだけで充分ですから。』
『…分かった』
チェルクは差し出した手のひらを戻した。少年の胸中には、やりどころのない苦しみが広がっていた。

『…大事にしてくれ』
『はい』

チェルクは治療室を後にした。


廊下を歩きながら、少年は思う。
(世界樹の旅で強くなって、城に戻ろう。
もう、自分のせいで大切な人が倒れるのは見たくない。しかし、今の私には何も出来ない…。
守られるだけの自分からは決別しなければ…大切な者を守ることのできる自分になりたい…)


*******
こうして、チェルクは、従者をつけずに単独で北方の世界樹に至ることを決めた。己の未熟さ故に、周りの人間を傷つけることが怖かったのだ。
しかし、心から信頼できる者を故郷に残しての旅路は、とても厳しくつらいものだった。…数年前に友となった虎が思いがけず同行してくれたことで、随分と救われたが。

そして、ハイラガードまでの道中、そして樹海の中。友である虎に、あらゆる脅威や危険から助けられ、守られてきて、気付いたことがあった。それは、これまでの自分が抱えていたもので、その姿を認めないようにしてきたものだった。

それは、忌避だ。痛みへの、傷つくことへの。
結局は、一人で遠征することで逃げようとしたのだ。痛みから。何もできない自分を、力のない自分を、まざまざと見せつけられる苦しさから。

チェルクは、一人で城を出て、なお、一層、己の弱さを痛感した。
剣はもちろんのこと、知識、体力、度量、冷静さ。…。
己には、足りないものだらけだった。
父が、単独でなく複数人での遠征を奨めた理由が分かった気がした。「おまえは、なおのこと、従者と共に試練に挑んだほうが良い」と奨めた理由が、分かった気がした。
強くなるためには、まず、己の弱さを、現状を、正面から見つめなければ、直視しなければならない。 他者の存在は、自己を客観視し、把握するためにはうってつけなのだ。
己の至らない部分があぶり出されるのは血反吐ものだが、耐えなければならない。

無論民、国を束ねる身となるならば、複数人で行動する心得を修得した方が良い。用兵の方法、人の心を理解できるよう努める必要がある。
しかし、最も課題とすべきことは、己の弱い部分と "対面" することだった。

こうなることなら、従者に黙って、故郷を出てくるべきではなかった。
(ユノスに悪いことをした…)

「チェルク」
「…!」
自分を呼ぶ、少女の声。少年は我に返り、彼女の姿を急いで探す。彼女は彼の右後方に、すぐに見つかった。
「ね、この花すっごく綺麗だね!」
「ああ…」
少年は笑顔の少女に向き直る。床に敷き詰められた、花びらの柔らかい感触が、靴越しに伝わってくる。
「見事なものだな」
 

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