ドアに鍵がちゃんと掛かっているかを再度確認し、よし、と小声でガッツポーズを決めて後ろにクルリと向き直って部屋を見渡してみる。
本来なら6人居るはずだったこの部屋には今2組の布団しか敷かれておらず、もちろん俺と横田の2人しかいない。
俺があいつらに一服盛ったりしなければ、今頃は6人で枕投げ大会の真っ最中だっただろう。それはそれで面白そうなんだけど。
いかにも修学旅行の部屋です!って感じのこの大きな和室に、すーすーと寝息を立てながら眠っている横田の姿だけが映る。
普通なら、修学旅行の夜はこれからだぜ!ひゃっほおおぉ!って流れだよな。
んで、「付き合ってる奴はいるのか」とか「童貞なのか童貞じゃないのか」とか、夜の議題はいくらでもあるってもんだ。
――でも、今は体調不良の横田と二人きりなわけで。
本当は今すぐ横田の布団に潜り込んで色んな話に花を咲かせあわよくば薔薇色の展開へ…とか思ったけど、やっぱりやめとくか。
修学旅行の変なテンションで友人関係失うなんてことになったら、俺もう絶対学校行けない。
はあ……仕方ないから俺も横田の可愛い寝顔でも拝みつつ寝ようかな……。
昔ながらのヒモ式の電気をよいしょっと引っ張って明かりを落とす。
のそのそと横田の隣に敷かれた布団に潜り、天井を見上げた。
っあ、ベランダに続く窓の障子開けっぱなしだった。
そのおかげで月の薄明かりがやんわりと部屋に差し込んで、部屋の中が異様な雰囲気を醸し出している。
もっと言えば、この俺の異様なテンションを更に掻き立てようとしている。
このラブホみたいな薄明かりもさることながら、真っ暗にしたらしたでなんかムラムラしそうだしなー…。
いやー…既にムラムラしてるな、俺。
そんなことを悶々と考えながら横田を眺めていると、ふと横田の目がパチリと開いた。
「っうお」
「……高木」
横田はずっと俺が見つめていたことを知っているかのようにハッキリと俺の名前を呼び、弱々しくこちらに手を伸ばしてきた。
え、え、え、何。どゆこと。
そちらの布団にお呼ばれしちゃっていいんですか横田君!
「な、どした、体調大丈夫か?」
「…腹減った」
あーうん。だろうな。風呂のあとが飯の時間だったわけだからな。そしてお前は今まで寝てたわけだからな。うん。そうだよな。
「あー…先生呼ぶかー…。俺なんも持ってねぇよ」
先生なんかもちろん呼びたくないけど、生憎俺は食いもんなんか持ってねぇし。
かといって腹を空かせた横田をこのまま放っておくことなんて出来ない。
「…ってきて」
「え?聞こえなかっ…」
「なんか買ってきて」
はい俺横田の言うことなら何でも聞きます合点承知の助!
「ったくしょうがねーな…何が食いたい?」
「…お前」
「え?」
「――の好きなもんで」
びっ…くりした。心臓とまるかと。
お前が腹減ったとか言うから、俺はお前の為だけに規則違反の買い出しに出向こうとしたのに。
「食いたいもんは?」って聞いて、よもや「お前」とかそんなミラクルな答えが返ってくるなんて万に一つも考えてなかったよこのバカ!とか一瞬で色々考えたけども。
あー、俺の好きなもんでいいのね。あい分かりました。
「じゃコンビニ行ってくるわ」
「おー……」
「ほい買って来たぞ」
「ありがと高木すきー」
「おふっ…お、おう」
約10分後、先生達に見付からないよう決死の思いで最寄のコンビニまでダッシュした俺は、弁当やらお菓子やらのたんまり詰まったビニール袋を横田の頭上にちらつかせる。
俺への愛の言葉を呟きながらその袋へ手を伸ばす横田は、まるで餌付けされるネコのようで。
ふっ、と堪え切れずに噴き出す俺をじと目で見遣る横田もそれまた可愛くて。
あぁ、危険な思いをしてでも買って来てよかった。そう心から思う。
「なんふぇふぁらふんはよ(何で笑うんだよ)」
「お前食うか喋るかどっちかにしろ」
「ふーっ……」
「食うのが先なんだなそうだよな」
相当腹減ってたんだろう。むしゃむしゃと弁当に食らい付くその勢いが凄い。
あっという間に弁当2つをたいらげてしまった。こんなに食う奴だったっけ。
飽きることもなくその様子を終始微笑ましく観察していた俺は、ごちそうさまのポーズをとってふぅと一息ついた横田と視線がかち合う。
「ごちそうさま」
「…ん。いつも思ってたけどお前すげー上手そうに食うよなー」
「そう?」
「そーゆーとこも好きだなー」
――あ。
言うつもりなんてこれっぽっちもなかったのに。
なにこんな流れで告白しちゃってんだ俺は。