銀河英雄伝説

□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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続・だってお姫様だもの


 まさか、覚えていないとは思わなかった。
 あんな強烈な個性に出会うのは、もはや天災に遭遇するのに等しい。ユーディットのような滅茶苦茶な人物が、宇宙に二人もいたらたまらないではないか。
 遭遇した方は忘れようと思っても忘れられない。だから先方も、覚えていると思っていた。

 リップシュタット戦役が終役して、ユーディットがミュラーを訪ねてきた時、ミュラーは5年前の事で何か言われるのではないかと、心にがっちり防衛網を築いて臨んだものだ。ところがユーディットはそんな素振りを露ほども見せず、持ち前の強引さで、ミュラーの防衛網を易々と突き崩すと、旗艦を射程に納めてしまった。
 ミュラーのほうが、余程ユーディットを捕まえるのに苦労しただろう。
 目に見える所にいると思って安心していれば、するりと包囲網を抜けて、絶対に射程圏内に入ってこないのだから。
 彼女の捕まえ方を理解するまでに、4年かかった。

「ユーディット」
 返事の変わりに、びっくりと背筋が伸びた。
 セルロイドの人形のようにぎこちなく、ユーディットはミュラーを振り返る。
 今思い出したと言う風を装い、ミュラーがユーディットの空のカップを回収しにくる。ゆっくりと近付いてくる夫をユーディットはただ黙って見守った。
 先程伸びた背中が、今度はすくむ。ユーディットを抱くように、ミュラーがカップのある方へ右手を、左手を机の逆サイドへ置いて、ユーディットの耳許に囁いたのだ。
「奥様、今夜はどちらでお休みですか」
 夫婦は別々に寝室を持っている。興が乗ると深夜まで執筆を続けるユーディットだから、ここ数日は広い寝台をもて余しているミュラーである。
 婚約してしばらくして、ようやく二人は夜を共にする機会を得たが、それから半年経つ今も、未だにユーディットはこういった事に進歩がない。
 ユーディットは潤んだ瞳で上目使いにミュラーを見たが、すぐに視線は戸惑い勝ちに机の上に落ちた。
「今日は…」
「うん?」
 顔どころか背中まで真っ赤にしているユーディットの耳許で、ミュラーは返答を待った。息が掛かるのだろう。ユーディットがくすぐったそうに身じろぎする。
「お前の、部屋に」
「お待ちしています」
 赤く染まった首筋にキスして、ミュラーは空のカップを回収すると、軽快な足取りで今度こそ書斎を出ていった。
 残されたユーディットはもう執筆どころではない。キスされた部位を押さえる。何でこんな肩の出たドレスをを選んだのかと、朝の自分を説教してやりたい。
 机上の時計は間もなく午後6時を指す。夕食の席でミュラーの顔を見るのがなんとなく恥ずかしい。もう何も手につかないだろうから、早めにシャワーを浴びて、念入りに肌の手入れをしよう。そう決めて、夫に遅れること5分、ユーディットは書斎の扉を後手に閉めた。


20110929
これの続きです。
拍手おまけから引越し。
結婚しても二人の口調は変わらないと思うの。
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