銀河英雄伝説

□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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デジャヴ


 ナイトハルト・ミュラー元帥の朝は、愛妻との朝食で始まる。
 頭の先から足の爪の先まで、貴族としての生活が染み付いているユーディットだったが、朝食だけは夫と共に食堂で採った。結婚前の少しの間だけ、押し掛け女房よろしく食事をつくってみたりしたものだが、元が何も出来なかった分、人が食べられるものが作れるようになった程度の腕前なので、結婚後は家事全般は元通り使用人任せである。
 ゆっくり夫婦で過ごせるのは夫が出仕するまでの朝の一時間程しかない。とはいえ、新婚夫妻の話題は甘い愛の語らいなどとは程遠く、国家の政に関わるような大事から、庭の花の開花予想といった小事まで多岐にわたる。この日の話題は宰相ヒルデガルドとの私的な付き合いについてだった。

「先日」
 夫が食後のコーヒーを置いたタイミングで、ユーディットは口を開く。
「久し振りにアレク陛下とお会いしたのだが、やはり親子だな。日に日にラインハルト陛下に似てくるようだ」
「そうですね」
 ラインハルトの事を話すとき、ミュラーは決まって寂しそうな目をする。夫の感傷を受け止めるように、ユーディットは一呼吸置いた。
「私たちの子供も、お前に似るといいな。その方がきっとかわいい」
 わたしは目付きが怖いから、とユーディットは苦笑したが、ミュラーの方は笑い事ではない。いつかもをこんな話をしたなと記憶を反芻する。あの時はあり得なかった事象が、このときばかりは起こりうる可能性があるのだ。
 ミュラーはひとつ深呼吸をして、なるべく冷静な声色を作って言った。
「それは、妊娠した、ということですか?」
 ユーディットは珈琲を飲む手を途中で止めて、まじまじとミュラーの顔を見詰めた。
「は?」
「…え?」
「そんな話だったか?」
「…わたしは、てっきりそうなのかと。違うのですか?」
 いつのまにか身を乗り出していたらしい。ミュラーは溜め息と共に深く座り直し、額を被った。安心したような残念な気分である。何れにせよ、顔から火が出る思いをした。
「そんなに簡単にはいかないだろう」
「…すみません」
 気が早いぞ、とユーディットは笑ったが、ユーディットの懐妊が判明したのは、この一週間後のことだった。

20111003
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20170704
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