銀河英雄伝説

□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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ひげ 2

「髭を伸ばすことにしたそうだな」
 というのが、ミッターマイヤーの第一声だった。
「はい」
 会う人会う人に同じ事を言われる。苦笑しつつも、生真面目にミュラーは応じた。ユーディットは似合うと言ったが、もしミッターマイヤーに変な顔をされたらやめるつもりだ。
「似合いませんか」
 ここ数日、それなりに気を使って整えてきた口髭だ。似合わないと一蹴されるのも寂しいものがある。
 ミュラーの内心など知るはずもないミッターマイヤーは、しげしげとミュラーの顔を見上げて、ふぅむと顎をしごいた。
「いや、似合わないことはない。ただしばらく慣れんだろうが。どういった心境の変化だ?」
 髭面自体よりも、ミュラーが髭を伸ばそうと思った理由の方に興味があるらしい。
「下らない理由なのです」
 と前置きをして、ミュラーはユーディットに「ちっとも偉そうに見えない」と笑われた時の話をした。
「貫禄がつくかと思いまして…」
 言っていて、なんだか自分がとても小さい男に思えてきて、ミュラーは頭をかく。
「本当に下らない理由なのです」
 しかしミッターマイヤーは感心したように腕を組み
「いや! 世間一般では俺も卿も若僧だ。髭のひとつもあったほうがいいだろう」
 と頷いた。
「実は俺も卿のように、髭を伸ばそうと思ったことがあるよ」
「ミッターマイヤー元帥も?」
 ああ、と、ミッターマイヤーは照れたように笑った。
 ミッターマイヤーもミュラー同様、否それ以上に、実年齢より若く見える。ミッターマイヤーが髭を伸ばそうとした理由も、どうやらミュラーと同じであるらしい。
「それが不評でな。エヴァには似合わないと言われるし、フェリックスには泣かれるしですぐにやめたよ」
 たまにしか帰ってこない父親の容姿が少しでも変わると子供には理解できないらしい。ワーレンの息子など5歳になるまで、ワーレンをたまに遊びにくるおじさんだと思っていたというくらいだから、2歳にもならないフェリックスが髭面のミッターマイヤーになつかないのも頷ける。
「卿の奥方はなんと言っているんだ?」
「まぁ、悪くはないと」
 と言って思い浮かんだのは、今朝のやり取りだ。
 髭がくすぐったいからと、キスを拒まれたのである。
 貫禄はついたが弊害もあるようだ。窓硝子に映る自分の顔に、ミュラーは内心どうしようかと頭を捻った。


20130109
小ネタ。拍手おまけをお引っ越し。
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