銀河英雄伝説
□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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一般論
久し振りに遊びにやって来た花屋の女主人は、ユーディットの顔を見るなり人懐っこい丸い顔を輝かせた。
「おめでたですって?」
「どこで聞いてくるんだ。そんな情報」
ありがとうというより先にげんなりしてしまう。
ユーディットの懐妊は、つい先日発覚したばかりで、ミュラー以外では相談を兼ねてヒルダとエヴァンゼリンに報告したくらいである。
「本人の口から聞くものじゃないのか」
「あら、じゃあ報告してちょうだいな」
しれっと言う友人に半ば呆れながら、ユーディットは改めて懐妊の報告を入れた。
「馬に乗ったり窓から飛び降りたりしちゃダメなのよ?」
当たり前だと一笑に付してやりたいところだが、夫ミュラーにも先日、同様のことを言われたばかりである。どんな目で見られているのだかと、我ながら呆れた。
「しないよ。なんだ、そんなことを言いにわざわざ訪ねてきたのか」
「そうよ? あなたに妊婦としての自覚を説きにきたの」
と、口ではいいながら、テーブルの上に新作のバラのカタログを広げて、王宮に卸したいからヒルダに口利きしてくれとか、取り合えずこの家の庭に100株程植えてみないかとか、明け透けな商談をはじめている。
「どちらも無理。新種なんか植えるスペースはないよ。開設予定の政庁前広場を当たった方がまだ現実的だと思う」
「あら。そうね。そうするわ。どなたに伺えば良いの?」
「都市計画書記官のエメリッヒ男爵とゲーリング経理担当官の奥方ならば紹介できる」
「ありがとう。よろしく」
どこに何が書いてあるのか、相も変わらずよくわからないくらい、小さな字でびっしりとメモが書かれたノートに細々書き込むと、満足そうにノートを閉じた。
「お礼に良いことを教えてあげる」
に、と丸い頬を上げて笑う。どうにも嫌な予感しかしないが、紅茶のカップを傾けつつ、ユーディットは友の話の先を促した。
「妻の妊娠中に不貞を働く夫は70%もいるそうよ」
真顔で言われ、ユーディットは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
何をいきなり言い出したのだと、ただただ驚いているユーディットに、彼女は淡々と一般論だか経験談だかわからないが喋り続けた。
曰く、妊娠前までは夫が優先順位の第一位にいたものが、妊娠し、子供が生まれると、妻の関心は夫から子供に移る。そうすると夫は妻の関心を取り戻すためであったり、失った愛情・母性を他者に求めて浮気に走るそうだ。
ユーディットは夫を弁護すべきか、不安にさせたいのかと怒るべきか、自分には関係ないと流すべきか判断に迷った。どれもなんだか、彼女の話を真に受けているようで釈然としないのだ。
「気を付けなさい。男なんて外で何をしているかわからなくてよ」
ミュラーに関して言えば、仕事と戦争以外にやることなどないのはわかっている。そんな暇はない。なによりそんな器量はないとユーディットは践んでいる。ナイトハルト・ミュラーが、仕事と家庭を円満に行き来しつつ、女遊びができるほどに器用なら、二人はもっと早くに結婚していただろう。
ユーディットがなにも言えないでいるうちに、友人は慌ただしく席を立った。
「あらやだ、こんな時間。もう行くわ。紹介の件、お願いね。じゃ、お大事に」
「ああ。うん」
大事にさせたいのならあんな話していくなと思わなくもないが、彼女なりの気遣いなのだ。ろうと、思うことにする。
「浮気、ねぇ…」
くすりと笑みが溢れる。
この事を話したら、ミュラーは怒るだろうか。慌てるだろうか。たぶん後者だ。
身の潔白を証明しようと、必死になるに違いない。
(かわいいかも)
必死に弁明するミュラーの姿を想像してしまい、ユーディットは込み上げてくる笑いに口をおおった。
その晩、想像通りにあわてふためくミュラーに、ユーディットは笑いすぎて流産しかけたとかしないとか……
20140523
しょうもない(^-^;)