銀河英雄伝説

□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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雨の冷たさも感じない

 その日は朝から雨だった。
 その日の前の日も、その前も雨。その週はずーっと雨だ。
 傘をさして、車で出掛けられない訳ではない。それでもなんとなく、ぬかるんだ道を歩く気にならず、伯爵家の令嬢はこの数日を自宅に籠りきりで過ごしている。
 読みたい本は全部読んだ。二日もすると家の中でやることには飽きてしまった。機嫌を現す線グラフは時間と反比例して右下がりを続けている。
 ぶすりと機嫌の悪さそのままにコンソールを叩いて呼び出したのは、惑星の中央管制制御室の公式掲示板だ。
「いつ止むんだ。この雨は」
 人為ミスで天候プログラムにエラーが生じたのが5日前。経験豊富な技士が軍にとられて、どこも人員が足らないのだ。エラーは改善されないまま、もう5日も雨が降り続いている。掲示板にはお詫びと現在復旧作業中である旨を綴ったメッセージが流れるばかりで、3日前から変化がない。
 液晶に向かって悪態をついても仕方ないと、空を睨んだユーディットが次に呼び出したのは私用のメールボックスだ。雨が降る少し前から毎日覗いているが、その度変わらず「新着メールはありません」というメッセージが表示されている。
 どうせ今日も同じだ。けれどそれでも、確認しないではいられない。
「?」
 赤く点滅するメッセージに心無し心音が高くなる。
「!」
 未読メッセージを開いたユーディットは、端末の電源を落とすのすらもどかしく、椅子を蹴倒す勢いで部屋を飛び出した。
 何事かと様子を見にやってきた老執事の脇をすり抜け、階段を駆け下りる。
「姫様、雨が…」
 高貴な令嬢らしく、従者がさしかける傘に入って、大人しく車で出掛けろとは言わない。けれどせめて、傘くらいは持ってお行きなさいと、老体に鞭打ってユーディットを追い掛けたフランツ老は、玄関まで来て「ああ」と納得の息を吐いた。
 雨水を跳ね上げながら走るユーディットの進行方向。屋敷の外に停まった黒いランドカーから、砂色の髪の青年士官が慌てた様子で降りてくる。
 青年士官――ナイトハルト・ミュラーは、走るユーディットをこちらも駆けよって抱き止めた。
「傘もささずに」
 呆れた口調で、取り出したハンカチで雨の滴を拭ってやるが、拭うミュラーも濡れる一方だ。
「大丈夫だ」
 くすくすと笑いながら、濡れて張り付く髪を撫で上げる。いざ濡れてしまうと、火照った頬に雨の滴は冷たく心地好い。
「なかなか楽しい」
「全く、あなたは…」
 小言をいっても聞きはしないだろうと、ミュラーは取り敢えず軍服を脱いでユーディットに頭から被せた。
「風邪を引きますよ」
「お前こそ」
 互いに顔を見合わせ、 地位も身分もあるいい大人が何をしているのかと笑いあう。
「まぁ、とにかく中へ」
 今更、と言いたい所だが、屋敷から傘を二つ携えてフランツがゆっくり歩いてくる。子供のいたずらを咎めるような表情の元大佐に、現役の上級大将と退役中将は首をすくめて、ふたたびくすくすと声をたてて笑った。

20120911
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