銀河英雄伝説

□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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執事は見た


いつもの時間よりやや遅めの帰宅後、心ここにあらずといった風に自室に引きこもってしまった女主人に、館の一切を任されているフランツ・ポッペ老とその妻マリアは何事かと顔を見合わせた。

偉大なる皇帝の早すぎる死の報を受けてより毎日、かの上級大将のもとへ通っている主人の気持ちは、間違いなく本人よりも周りの方が理解している。

勿論想いを寄せられているミュラー上級大将もユーディットお嬢様を想っておいでのはずだ。

上級大将自身は特にその事を隠す訳でもなく、大っぴらにするでもなく、付かず離れずの距離を保って、互いに居宅を訪ね合っている。

一度などは、無礼を承知でその真意を直に確認したことさえあるポッペ老である。

確か、お嬢様が何かの夜会で出掛けた日の事だ。夜会帰りにミュラー上級大将を見掛けたユーディットお嬢様が迎えの車を飛び降りる勢いで行ってしまい、そのまま数時間。微酔いのお嬢様を邸宅まで送って頂いたミュラー上級大将に、さすがに嫁杁前の高貴な女性と、夜分、何時間も、供も連れずに二人きりで過ごすのはいかがなものかと、自身の官舎へ帰るミュラーを送りがてら、軽率な行いを戒めつつも、その心つもりを問い詰めたのだ。

ミュラー上級大将は貴族の常識を知らない。それを素直に認めて自身の不注意を侘び恥じた後で、臣下である自分が主君より先に妻を迎える事はできないし、自身の身の置き場とユーディットの出事を鑑みれば釣り合うのか、許されるのか、わからないし自信もない。それでも、いつか許されるのならば彼女の隣に自分は立っていたいのだと、ミュラーはポッペに話したのである。

ポッペがミュラーの父親以上に年上でなければ、ユーディットを実の孫のように慈しんでいることを知らなければ、決して口にはしなかったろう。

 ミュラーの真面目な為人を知って、ポッぺは安堵し、うちのお嬢様の相手として申し分ないとミュラーを認めた。

社交界デビューするより前から、ユーディットお嬢様の貴族の子女にあるまじき武勇伝は有名で、根も葉もない悪意に満ちた噂が一人歩きしていることも知っている。そしてそれをユーディット自身は全く気にしていない。
そもそも結婚する気がなかったからだが、たとえ結婚する気があったとしても気にしたかどうか怪しいところだが。
とにかくそんなユーディットお嬢様が恐らくは初めて恋をしている。それも(こう言っては失礼だが)最高物件ともいうべき男と。
 この機会を逃しては、当家のお嬢様は本当に婚期を逃してしまう。結婚する年齢としてはもう若くもないのだし、そろそろ纏まってほしいというのが周囲の共通した願いである。
 この朝、いつもと違うなにかが起きたことは確かで、誰もユーディット自身に真相を確かめたり、無責任な憶測を口にすることはないが、ポッペ夫妻は勿論、館中の使用人がそわそわと落ち着かない半日を過ごした。
 館中が完全に浮き上がったのはその日の夕刻で、大きな花束を抱えたナイトハルト•ミュラー元帥が館にユーディットを訪ねてきた時、誰ともなく歓声と拍手が起きた。執事としてそれを諌めたポッペ老人だが、ミュラーを迎えたその顔は嬉しそうに緩んでいた。


2019/11/3
かなり放置していました…
そんなのばっかだな(汗)
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