銀河英雄伝説

□他キャラ
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重力の楔を振り切って、宙に飛び立つ神の戦車。

無機質な金属の固まりに過ぎない戦艦に、何故こんなにも心惹かれるのか。

それは多分、地上の鎖に繋がれた私には、翔べない宙を往くからなのだろう。

アリスの箱庭

 ジークフリード・キルヒアイスがその少女と出会ったのは全くの偶然だった。
 どうやって入り込んだのか、軍港のただ中、戦艦が停泊する広場で、場違いなドレス姿の少女はカメラを抱えて走り回っていた。
 身なりからして、貴族の子女であることは間違いあるまい。
 どこかの貴族士官が連れてきたご令嬢か愛人かは知らないが、貴族のコネで曲がらないことを曲げてくるのが貴族というやつだ。
 軍艦の撮影など機密に触れる。よく考えもせずに許可したのだろうが、同盟のスパイに漏れたら事だ。許可した貴族自身が責任を取らなくとも、現場責任者の平民士官に皺寄せがいくだろう。それに今、この基地にはラインハルトがいる。どんな小さな芽も、ラインハルトに危害が及ぶ前に刈りとるのがキルヒアイスの使命だった。

「お嬢さん、こんなところにいては危ないですよ」

 軍服を着ていてさえ、軍人なんてあらっぽい職業についているようには見えないキルヒアイスだ。映画に出てくる俳優よりも華がある。穏やかな声で優しく話し掛けられた少女は、キルヒアイスの姿を認めるなり真っ赤に頬を上気させた。

「わたしっ、お嬢さんじゃないわ。アリーセよ。アリーセ・フォン・シュレーゲル。あなたは?」

 お貴族様なら“お嬢さん(フロイライン)”だろうに、とキルヒアイスは苦笑した。それさえも少女の鼓動を早くする。

「失礼しました。小官はジークフリード・キルヒアイスと申します」
「ジークフリード」

 うっとりと、少女は反芻する。大切な宝物を得たというように、カメラと一緒に抱き締める。

「フロイライン・シュレーゲル。こちらで何をしておいでですか? 貴女のような可愛らしい方がいるのに相応しい場所とは思えませんが」

 可愛らしい、というところで、少女の鼓動はもう一段階高鳴った。

「あなたのような麗しい方にも、ここは不似合いだわ」
「ありがとうございます」

 会話が噛み合わない。
 似合おうが似合うまいが、キルヒアイスはこの道で栄達し、取り返さねばならない日常がある。それを話したところで意味がないので、ここは苦笑するしかないのだが。

「何を撮影していらしたのですか」

 柔らかな物腰で提出を求めると、少女は得意気にカメラを閲覧モードにして差し出した。

「わたし、船が好きなの。こんなに美しい乗り物は、他に見たことがないわ!」

 録画データはどれもロングで撮られたもので、機関部など機密に関する部分は納められていない。それでも、砲門部分など、非公式なものに関しては、削除を求めるしかなかった。
 キルヒアイスがデータを改めている間、少女は自分がどれ程船艦に魅入られているか、どんな船が好きか、熱っぽく語ってくれた。傍から見て、それがどんな異様な光景か想像できないキルヒアイスではない。

「フロイライン・シュレーゲル」
「アリー」
「失礼。今、何と?」
「アリーよ。アリーと呼んでちょうだい。わたしは貴方をジークと呼ぶわね」

 ジークフリードだからジーク。当たり前の約し方だが、その名は煙るような金髪の天使の片割れが、彼を呼ぶときの特別な名前で、出会ったばかりの少女にそう呼ばれるのはいささか釈然としないでもない。
 それでもキルヒアイスは、表面上穏やかに頷く。

「ではアリー、少しお時間を頂けますか? 場所を変えてお話したいことがあります」
「わたしたち、まだ出会ったばかりだわ」

 もじもじとスカートの裾を弄ぶ少女の勘違いを訂正するのも骨が折れそうだと、キルヒアイスは笑顔で流した。
 カメラを手にしたまま、キルヒアイスは少女を宇宙港の喫茶室へ誘い、そこでデータ削除の同意を得た。代償はプリン・ア・ラ・モードと彼女のお喋り。

「今日は貴重なお話が伺えて楽しかった。次に見学にいらっしゃるときは、こちらを通してください」

 とキルヒアイスが少女に手渡したのは、軍広報の連絡窓口だった。


20130115
相互リンク記念に作成。
実は序文を書きたいだけだったりする←
そこから何故アリーが船艦に引かれるのかって話しになるはずが、キルヒアイスが出てきたら違う話しになっちゃった。
アリスさん、キルヒアイスが冷たくてごめんなさい(__)
アリーはぽりんの勝手な解釈に由ります。
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