銀河英雄伝説

□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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夢見心地


5世紀の長きにわたり、宇宙の全てを支配した銀河帝国。その権力と財力の頂点に君臨したゴールデンバウム王朝が倒れ、新王朝が誕生して3年。
かつての皇族ユーディット・フォン・アーベライン・ミュラーは、寝苦しさに魘されて目を覚ました。

「………」

暗闇から目をあけて、未だ夜の帳の中にある室内に視線を巡らす。
汗で張り付いた髪や寝間着が不快で、シャワーを浴びようと寝台から身を起こしかけたユーディットの左腕がくんっと引かれた。
起こしてしまったかと見てみるが、同衾している夫は規則正しい寝息を立てている。起こしたわけではないらしい。
そぅっと夫の指を腕から外させて、寝台を降りると、隣の寝息がわずかに乱れた。
空いた隙間が寒いのか、不服そうにユーディットのいた空間をまさぐる夫の手には枕をあてがう。それでまた満足そうに眠り始める様子がなんとも微笑ましい。
少しの間、臼闇の中で夫の寝顔を観察してから、ユーディットはシャワーを浴びるために寝室を出た。
夫婦のために改装したフロアーには、生活に必要なすべての施設を取り付けてある。
結婚が決まった当初、ミュラーはミッターマイヤー大元帥やケスラー憲兵総監に倣って官舎を出て新居を購入するつもりでいたのだが、ユーディットがフェザーンに購入した館にそのまま引っ越してくることになった。日々の政務に追われている間にその辺りの事をユーディットが全て進めていたので、敢えて新居を購入する必要がなくなったというわけだ。
ユーディットの、貴族の感覚で設えてあるので、決して裕福な暮らしをしてきたわけではないミュラーにしてみれば分不相応な家に思える。とは言え、宇宙を統べる銀河帝国軍の元帥にして宇宙艦隊司令総監の地位にあり、旧帝国の皇系の姫を妻に迎えたのだから、周りから見てもこのくらいがちょうどいいのだろう。
さて、ユーディットにしてみれば由緒正しく古めかしい生家より、こじんまりして使い勝手のよい新居である。寝室は慣習に倣い二つ作っては見たものの、結局使っていないので、そのうちこども部屋にでもしようかと考えている。
そんなことを考えながらシャワー室からユーディットが出て寝室に戻ると、眠っていたはずのミュラーがベットの上で胡座をかいていた。

「起こしてしまった?」
「……」

低く唸るように呻くようにもごもごと何事かを発したミュラーは、ゆっくりと腕をもたげてユーディットを手招きした。
ああ、この様子では寝惚けているなと苦笑したユーディットだったが、ミュラーの様子を見ているうちに悪戯心が芽生えてきた。
濡れた髪にタオルを巻いたままベットに飛び乗り、のんびり胡座をかいていたミュラーの首に抱きついて、そのまま勢いに任せて押し倒す。

「んあぁ!?」

その衝撃で覚醒したらしい。間の抜けた声を上げるミュラーが可笑しくて、先程までの寝惚けた様共々可愛らしくて、笑いが込み上げてくる。

「? ユーディット?」

自身の鎖骨の辺りでくすくすと笑うユーディットに、まだ夢の世界から目覚めきっていないミュラーは困惑しきりだ。それでも妻の背中に優しく手をまわし、濡れたままの髪をすきながら、そのこめかみにキスをする。

「冷たい」
「シャワーを浴びたから」

触れるだけのキスを繰り返し、寝言のような囁きの会話。その間、妻の冷たい体を暖めようと、腕を足を絡ませる。

「髪を渇かさないと」
「ん……」

離して、とミュラーの胸を押すけれど、返ってきたのは規則正しい寝息。
ユーディットは夫の寝顔にやや呆れて、それからすぐにその顔を笑み崩れさせた。
明日の朝、きっと髪の毛は大変なことになっているに違いない。そんな姿、以前ならば絶対に見せられないと思っていたけれど、こうまで無防備な寝姿を見させられては、自分だけ格好をつけているのもおかしな話なのかもしれない。

「ナイトハルト…」
「ん」

両手に夫の頬を挟んで、そっと唇に口付けると、眠っているはずのミュラーはふへっとだらしなくも幸せそうに笑った。
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