銀河英雄伝説

□鉄壁に遊ぶワルキューレ
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同盟との交流が始まった後の新帝国には、少しずつ同盟の自由な文化や思想が入るようになっていた。
劇的な変化を遂げたのは医療分野だ。これまでもフェザーンを通して多少は入ってきていたそれらの技術や器具が、直接入ってくるようになったばかりか、帝国内部での研究開発が行われるようになったのである。
生前、ヤン・ウェンリーが構想し、ユリアン・ミンツが亡き皇帝に提案した帝国の共和国化については、慎重に論議が繰り返されているが、その思想自体も、ゆっくりと、けれど日常の中に、帝国の人々、特に新帝都フェザーンに住む者の目や耳には入るようになっている。
例えば雑誌やテレビによって。
同盟の文化を帝国の人々が比較的すんなり受け入れることになった立役者の一人が、帝国の重鎮ナイトハルト・ミュラーの妻、ユーディットその人である。
二人の結婚は、帝国にとっても、旧同盟にとっても、久しぶりの明るいニュースであったし、平民から大帝国屈指の権力者となったミュラー元帥と、旧帝国皇帝の傍系の孫というユーディットのロマンスと来れば興味を引かない訳がない。
旧帝国の体制であれば一般人の知るようなニュースにはならなかっただろうが、同盟のマスメディアも入ってくるようになった新帝国では、二人の結婚式は大々的に一般にも報道された。
生来の美貌もあいまって、今やユーディットは母后ヒルデガルドやヤン・ウェンリーの未亡人でありイゼルローン独立政府主席でもあるフレデリカ・グリーンヒル・ヤンの次くらいには有名な女性となっていた。
そのユーディットが、フェザーン新帝都内の病院で、帝国式ではなく同盟式で出産をしたというのが話題になって、帝国での同盟的文化導入に一役買った、ということなのである。
1年と経たぬ内に一般にも普及したコンパクトタブレットで、今では気軽に洋服が買える。一昔前では考えられないことだ。

「そんなに画期的ですか?」
「それはそうさ! 仕立屋を家に呼んで、膨大な布やレースのサンプル台帳から生地を選んで、採寸、デザインまで決めるんだぞ? 一日係りの、それは面倒な作業なんだ」
「へぇ」

ミュラーには、妻の興奮がいまひとつわからないので苦笑するしかない。きっと彼女の言う面倒は、大貴族の子女ならではの経験であり、更には大多数の女性にとって、それらに費やす時間はとても楽しい一時のはずだと思われた。
ミュラー自身の衣服は大半が軍服なので、時たま採寸はするが、それもスキャナー装置を通過するだけだし、デザインなどは決まりきっているから与えられた物を身につけるだけだ。私服にもこだわりはないので、今ではユーディットに任せきっている。

「あ、ほら! これなんか面白いぞ!」

と向けられたのは所謂同盟的な、腕どころか肩も鎖骨も露な布地の少ない白いシャツに、薄い素材のひらひらとした丈の長いスカート、素足に蔓を巻き付けたような踵の高いサンダルを着けたモデルの画像。
正直目のやり場に困る。

「えー、と…」

言葉に詰まっていると、するすると画面を指先で操作して次のモデルを表示する。色違いの組み合わせなのか、ミュラーには違いがよくわからない。ひとつ言えるのは、日頃見慣れた女性の装いと比べると、格段に肌の露出が高いと言うことだ。

「気に入らない? 似合わないかな」

不服そうに唇を尖らすユーディットに

「あなたは何を着ても似合います!」

間髪いれずにきっぱりと、ナイトハルト・ミュラーは言い切った。

「でも」
「ん?」

ユーディットの座るソファにとすんと腰を下ろして、一緒にタブレットの画面を覗き込む。

「ちょっと刺激が強すぎるかな」

痩せぎすなモデルよりあきらかに(俺の)ユーディットの方が肉感的で扇情的だ。こんな下着のような格好を自分以外の男の目になぞ、触れさせてたまるか。
ちらりと時計見る。
家にはちょっと着替えに寄っただけだったのだが、もう少しゆっくりしていてもいいだろうか。
ユーディットの持つ端末からドレウェンツにメッセージを飛ばす。実際、便利になったものだ。互いに二時間ほど休憩をいれることにして、ミュラーは先ほど絞めたばかりの軍服の襟を緩めた。

「出掛けないのか?」
「すこし休憩してから」

そう言って、ユーディットの方にもたれかかった。

「重い」

文句をいいながらも、ユーディットの声は迷惑そうには聞こえない。肩にかかる砂色の髪を撫でてやりながら、変わらずネットカタログを写す端末を操作している。
ゆっくりと髪をすかれるのは気持ちがいいし、妻のしなやかな指が目の前で踊るのも悪くはないのだが、せっかく側に居るのに妻の目が画面ばかりを見ているというのがだんだんつまらなくなってきた。

「ユーディット」
「うん?」

声をかけてもこちらを見ないので、ふ、と耳に息をかけてやる。すると耳を抑えて勢いよくこちらを振り向いた。拍子にミュラーの頭はユーディットの肩から落ちたが、そのままユーディットの手をつかんで首元に唇を埋めた。

「ちょっ! くすぐったい! ばか、やめっあはは」

ユーディットの腕の自由を奪っておいて、襟を緩めて鎖骨へと唇を滑らせる。手は胸へと…コルセットの固さとどこから手を出せばいいのかかわからない脱がせ辛さに辟易しつつ、先程の服装もいいかもしれない。但し、自分の前でだけなら。と思い直すミュラーだった。
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