あなたと

□彼に託した一縷の望み
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「お母さんの実家…やっぱり大きいんだね」

「まぁ、日本有数の剣術道場の大家だし。一応」


目を見開いて家の門を見つめる娘、琥珀に大したこともないように一言。

まるで貴族の家の様に大きく、和風の家は昔からあまり好きではなかった。



「お父さんもあんまりここが好きじゃなかったの?」

「そうでもないわ。見合いで好きになった仲だし」

「?ふーん…」



不思議そうな眼を向けてきた。

今回琥珀を連れてきたのは、葉菜の見合いについてのことと「おばあちゃん、おじいちゃん」に会うため。
私からしたら母と父なわけだけど、疎遠にしてたから琥珀は桐栄家の祖父母をしらない。


というわけで、琥珀もつれてきた。
ちなみに、旦那の遊佐孔雀はまた出張だ。



「いくわよ、琥珀」

「うん。緊張するけど…」


ぐっ、と拳に力を込めた琥珀にそっと優しいまなざしを向けた。




◆◆◆



門をくぐると、あらかじめ連絡しておいたせいか霰(あられ)が出てきた。

彼女は、昔から私と葉菜の面倒を見てくれていた人だ。



「天河様、よくぞお帰りになって…」


半泣きになる霰。
隣の琥珀は「やっぱりすごい」という目で見ている。

ドラマで見るような光景だと思いがちだけど、うちでは雇われの使用人くらい当たり前だったのよね。



「ただいま、霰」

「おかえりなさい、天河様」



かわした笑顔は久々で。
霰の目から一筋の涙が零れ落ちた。


「…天河様、早速ですが…」

「ええ、母様と父様に会いに行くわ」



雫をぬぐうことなく、霰が言う。

それに頷いて、琥珀に目で「行くわよ」と促す。



さぁ、正念場だ。




玄関からだいぶ遠い奥の部屋に、あの二人の部屋はある。



「変わってないのかしらね…」

「ええ。相変わらずですよ」


齢60の人間がこういうときは、間違いない。

あー…なんかもう嫌な予感してきた。


「お母さん、顔色悪いけど大丈夫?」

「ええ…きっと気のせいよむしろそういって」



きっと自分でもすごい剣幕だったのは予想がついた。


あの琥珀がたじろいでる。
ついでにいうと、霰の顔からも脂汗。

予想は的中。ってとこか。



なんかすでに足が重たい。



気が沈んでるうちについてしまうもので。

絢爛豪華な障子の前にたどり着く。



「琥珀、わかってると思うけど…」

「失礼のないようにする!」

「覚悟を決めなさい」

「は?」



意味の理解していない琥珀を無視して。



「頼もう!」


入った。



するとそこには。





日本最大の剣術道場を経営する桐栄家のツートップがいちゃついていた。






「……」


琥珀が呆然としてその光景を凝視している。


私はもう見慣れているので、荷物に入っていた竹刀を取り出し、男の頭をたたいてやった。



「ぐふっΣ」


老人は声を上げてもろに当たる。


「なんだかよわい50すぎたじじいに竹刀でなぐるとは!?」

「かよわくないでしょう。桐栄家の当主の変態親父が」

「っ、この声と太刀筋…天河!?」



隣にいた50ほどの女性が声を上げる。


あー…こういう光景が予想できたから余計帰りたくなかったんだけど。
まだいちゃついていたのか、この万年バカップル。



「お久しぶりです、お母様お父様。本日は娘と共にやってきました」

「おお、連絡は受け取っていたぞ。しかしどうして竹刀で殴ったことはスルーなんだ」

「紹介します、こちらが娘の琥珀です。以後お見知りおきを」

「無視か。」


まったく予想通りの展開になってしまった。

琥珀がどうしていいのかわからずに混乱している。



とりあえず双方居住まいを正し、礼をした。



「お主が琥珀、か」

「はい」


父が目を向けたのは、自分の孫だ。



「儂は桐栄家現当主、桐栄灰簾(きりえかいれん)だ。よくぞきた、我が孫よ。そして…」

隣に視線を移せば、母も自然に言葉が出る。


「わたくしは桐栄家現当主が妻、桐栄藍玉(らんぎょく)ですよ」


そっと、あでやかに微笑む両親。
我ながら、50代には見えない夫婦だとか思う。



「では、私も改めまして。桐栄天河…いえ、遊佐天河が娘、遊佐琥珀です。宜しくお願いします」


三つ指をついて座礼をする琥珀。
礼儀作法はぴっちりやってきたぶん、こういう場面では重宝するのよね。



しかし、次の瞬間呆けたような顔で。
「おじいちゃんと、おばあちゃん…ですよね。初めまして」


天然発言爆弾投下。

ぴしっ…とかたまる桐栄夫婦。



まずい、これは…!


「琥珀、に…」

「可愛いのぅ!我が孫!」

「ほんとねぇ…」

「うぐっ!?Σ」



抱きつぶさんばかりに、父と母が琥珀を抱きしめた。

ああみえてめちゃくちゃ腕力とか握力あるもんなぁ…。骨折れないといいけど。



「…天河様が出て行ってからもあんな感じでございます」

「…うん。」


霰の声が、ひどく悲観的に聞こえた瞬間であった。
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