あなたと
□彼に託した一縷の望み
3ページ/5ページ
「お母さんの実家…やっぱり大きいんだね」
「まぁ、日本有数の剣術道場の大家だし。一応」
目を見開いて家の門を見つめる娘、琥珀に大したこともないように一言。
まるで貴族の家の様に大きく、和風の家は昔からあまり好きではなかった。
「お父さんもあんまりここが好きじゃなかったの?」
「そうでもないわ。見合いで好きになった仲だし」
「?ふーん…」
不思議そうな眼を向けてきた。
今回琥珀を連れてきたのは、葉菜の見合いについてのことと「おばあちゃん、おじいちゃん」に会うため。
私からしたら母と父なわけだけど、疎遠にしてたから琥珀は桐栄家の祖父母をしらない。
というわけで、琥珀もつれてきた。
ちなみに、旦那の遊佐孔雀はまた出張だ。
「いくわよ、琥珀」
「うん。緊張するけど…」
ぐっ、と拳に力を込めた琥珀にそっと優しいまなざしを向けた。
◆◆◆
門をくぐると、あらかじめ連絡しておいたせいか霰(あられ)が出てきた。
彼女は、昔から私と葉菜の面倒を見てくれていた人だ。
「天河様、よくぞお帰りになって…」
半泣きになる霰。
隣の琥珀は「やっぱりすごい」という目で見ている。
ドラマで見るような光景だと思いがちだけど、うちでは雇われの使用人くらい当たり前だったのよね。
「ただいま、霰」
「おかえりなさい、天河様」
かわした笑顔は久々で。
霰の目から一筋の涙が零れ落ちた。
「…天河様、早速ですが…」
「ええ、母様と父様に会いに行くわ」
雫をぬぐうことなく、霰が言う。
それに頷いて、琥珀に目で「行くわよ」と促す。
さぁ、正念場だ。
玄関からだいぶ遠い奥の部屋に、あの二人の部屋はある。
「変わってないのかしらね…」
「ええ。相変わらずですよ」
齢60の人間がこういうときは、間違いない。
あー…なんかもう嫌な予感してきた。
「お母さん、顔色悪いけど大丈夫?」
「ええ…きっと気のせいよむしろそういって」
きっと自分でもすごい剣幕だったのは予想がついた。
あの琥珀がたじろいでる。
ついでにいうと、霰の顔からも脂汗。
予想は的中。ってとこか。
なんかすでに足が重たい。
気が沈んでるうちについてしまうもので。
絢爛豪華な障子の前にたどり着く。
「琥珀、わかってると思うけど…」
「失礼のないようにする!」
「覚悟を決めなさい」
「は?」
意味の理解していない琥珀を無視して。
「頼もう!」
入った。
するとそこには。
日本最大の剣術道場を経営する桐栄家のツートップがいちゃついていた。
「……」
琥珀が呆然としてその光景を凝視している。
私はもう見慣れているので、荷物に入っていた竹刀を取り出し、男の頭をたたいてやった。
「ぐふっΣ」
老人は声を上げてもろに当たる。
「なんだかよわい50すぎたじじいに竹刀でなぐるとは!?」
「かよわくないでしょう。桐栄家の当主の変態親父が」
「っ、この声と太刀筋…天河!?」
隣にいた50ほどの女性が声を上げる。
あー…こういう光景が予想できたから余計帰りたくなかったんだけど。
まだいちゃついていたのか、この万年バカップル。
「お久しぶりです、お母様お父様。本日は娘と共にやってきました」
「おお、連絡は受け取っていたぞ。しかしどうして竹刀で殴ったことはスルーなんだ」
「紹介します、こちらが娘の琥珀です。以後お見知りおきを」
「無視か。」
まったく予想通りの展開になってしまった。
琥珀がどうしていいのかわからずに混乱している。
とりあえず双方居住まいを正し、礼をした。
「お主が琥珀、か」
「はい」
父が目を向けたのは、自分の孫だ。
「儂は桐栄家現当主、桐栄灰簾(きりえかいれん)だ。よくぞきた、我が孫よ。そして…」
隣に視線を移せば、母も自然に言葉が出る。
「わたくしは桐栄家現当主が妻、桐栄藍玉(らんぎょく)ですよ」
そっと、あでやかに微笑む両親。
我ながら、50代には見えない夫婦だとか思う。
「では、私も改めまして。桐栄天河…いえ、遊佐天河が娘、遊佐琥珀です。宜しくお願いします」
三つ指をついて座礼をする琥珀。
礼儀作法はぴっちりやってきたぶん、こういう場面では重宝するのよね。
しかし、次の瞬間呆けたような顔で。
「おじいちゃんと、おばあちゃん…ですよね。初めまして」
天然発言爆弾投下。
ぴしっ…とかたまる桐栄夫婦。
まずい、これは…!
「琥珀、に…」
「可愛いのぅ!我が孫!」
「ほんとねぇ…」
「うぐっ!?Σ」
抱きつぶさんばかりに、父と母が琥珀を抱きしめた。
ああみえてめちゃくちゃ腕力とか握力あるもんなぁ…。骨折れないといいけど。
「…天河様が出て行ってからもあんな感じでございます」
「…うん。」
霰の声が、ひどく悲観的に聞こえた瞬間であった。