長編

□03
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相変わらず静かな病室に本を捲る音だけが響く。
小説を読み終わった神童は本を閉じてテーブルの上に置いた。

外からはとびきりな笑顔でサッカーする小さな男の子達の明るい声が聞こえていた。
窓に視線を向けると汗を流しながらサッカーボールを追いかける小さな子が目に入った。

ぐい、と自分の胸を掴む。そしていつも隣に置いてあるサッカーボールを見つめた。


「(サッカー…したいな)」

先程まで見ていたサッカー番組のテレビは消した。 …自分もやりたくなってしまうから。


それでもやはりサッカーをやりたいという気持ちは変わる事はなかった。


―少しだけ。
少しだけでいいからサッカーがプレイしたい。
自分の心臓に負担が掛からない程度なら…


神童はサッカーボールを手に取る。
すると霧野の顔が思い浮かんだ。


『…今はお前の体を第一に考えるんだ』




あの時の悲しそうで辛そうな霧野が脳内を離れなかった。
今俺が倒れたら霧野は自分を責めるだろう。



「(結局俺は…皆を不幸にする)」



自分の周りにいて幸せになった者はいただろうか。
いた筈がないじゃないか。


サッカーボールを置き、静かに布団に潜った。


『ちょっと…っこら、戻りなさい!』

「…?」


看護師さんの慌てる声が聞こえる。
何かあったのだろうか。


ドタドタと走る音が聞こえて、その後俺の病室の扉が乱暴に開かれた。



「ごめん!ちょっとだけ匿って!」


「え、ああ……どうぞ」


オレンジ色というか太陽みたいな色をした髪型の子が男のベッドの後ろに隠れる。

しー、と人差し指を唇に当てる彼を不思議に思いながら見ているとまた扉が開く。


「神童くん、ここに誰か来なかった?」
「っえ、いや、誰も…」
「そう…ごめんなさいね」


看護師さんはきょろきょろと辺りを見回すと、また小走りで違う病室に向かっていった。


俺は今後ろにいる子が、サッカーボールを持っている事に気付いた。




…この出来事が後に神童の長い病棟生活を変える、雨宮太陽との出会いとなる。

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