本編達

□五章 福原事変
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五章 福原事変
【後白河院のはからいで、福原で平家との和議の話し合いが持たれる事になったが…】

 神子のいないところ……神子の知らない場所で……。

 「『移りゆく 雲に嵐の 声すなり』」
 「恐れながら申し上げます。鎌倉と福原にそれぞれ、風雲急を告げる動きがあるとか」

 後白河院が唄を詠んでいるところに、舎人が声をかけた。

 「さようか。嵐となれば、華やかな蝶も風で一吹き」
 「福原の揚羽蝶も、どこまで飛ばされていきますやら」

 化け狸達が歓談するように話す。

 「風向き次第では、蜘蛛の巣にかかるやもしれぬ……気の毒な事よの…どうやら、西の空模様があやしくなってきたようではないか?」
 「では、わたくしが西の様子を見て参りましょう…御前失礼致します」

 狸の片割れ…舎人の去る後ろ姿を見送り、後白河院は唄を詠んだ。

 「『散るか正木の 葛城の山』」

━━━━━
 熊野から戻ってきた私達は、平家と和平が結ばれるのだと言う話を聞いた。
 和議は平家の本拠・福原で行われる、
 私達は、福原の町に向かう事になったけれど…。

 「どういう事ですか政子様!俺達は…和平を結ぶと聞いています。成立しかけた和議を踏みにじって、奇襲をかけろというのですか?」

 九郎さんが、政子さんという人に怒りをぶつける。
 九郎さんのお兄さんである、頼朝さんの奥方様らしい。

 「あらあら九郎は純真です事。古来から和議を進めている時が、一番危ない時期でしょう。此方の魂胆を見抜けぬようなら、それは平家の方が悪いのですわ」

 政子さんはさも可笑しいという様子で笑う。
 それを聞いた弁慶さんが、珍しく怒りを顕にする。

 「鎌倉殿の名代として、ご正室の政子殿が出向かれた以上…我々もてっきり和議を結ぶのかと思っていましたよ」
 「まあ。弁慶殿がそう思って下さるのだもの、平家の方々もそうお思いでしょうね。良かったですわ」

 美味しいケーキ屋を見付けて喜んでいるような無邪気さで笑う政子さんに、弁慶さんが言葉を続ける。

 「源氏側で、和議の交渉にあたっていた者達さえ、裏切るおつもりなのですか。これでは、本当に和議を結びたいと思った時に信じて貰えなくなる…信用という貴重な手札と引き換えにするほどの上策とはおもえませんが」

 緊迫した雰囲気の弁慶さんを嘲笑うかのように、政子さんが軽ろやかに笑いながら、それに応える。

 「あらあら。これも鎌倉殿のご恩情ですのよ。実は、平家を追討せよとの命はもう下っておりますの。ですが、このまま福原を攻めては、味方にも無用の犠牲が出ます。ならば、和議を持ち掛けてその隙を突いて攻めれば、双方、被害は最小限。これは、鎌倉殿のご命令…そして、後白河様も同様のお考えですわ」

 和議を結ぶと見せ掛けて不意討ちするなんて…。
 甘いって言われるかも知れない。
 だけど…!!

 「本当に、和平を結ぶ事は出来ないんですか?」
 「神子……」

 私が問えば、敦盛さんが私を呼ぶ。
 慰めなのか、驚きなのか、今の私には感情を読み取れない。

 「お嬢さん、あなたはご存じないかも知れませんわね。源氏と平家……鎌倉殿と還内府が同じ天をいただく事はないでしょう。どちらかが勝ち、どちらかが負ける事になりますわ。私は、鎌倉殿に勝って頂きたいんです。ね、九郎」

 政子さんの言葉に、九郎さんは何も返さなかった。
 政子さんは気にした様子もなく、言葉を続ける。

 「いずれにせよ、平家は三つの罪を犯しています。第一に、すでに廃位された帝を帝として扱っている罪。第二に、三種の神器を奪った罪。そして…第三に、怨霊なるものを使い、人や物、町を傷付けた罪。お嬢さん、あなたは怨霊を使い、京を襲う平家をお許しになるの?鎌倉殿も、早急な平家追討をお望みです。それが、皆のためですわ」

━━━━━
 その頃、還内府達は……。

 経正が嬉しそうに言う。

 「和議の為の使者が福原に来るそうです。源氏の使者として立ったのは、北条政子殿のようですね」

 それを聞いた二位ノ尼もまた嬉しそうに言う。

 「北条政子殿と言えば、頼朝殿の御正室。自ら敵地へ赴く等、なかなか出来る事ではありませんよ」
 「北条は元々平氏の血筋。争うのを避けたいと言う気持ちがあるのだろう」

 忠度も嬉しそうに話し、和やかな雰囲気を醸し出す。
 そんな中、還内府は厳しい表情になる。

 「だが……」
 「和議は福原で…か。負けた訳でもないのに、正室自らが敵地に出向いて…クッ、親切な事だ」

 還内府の言葉を遮るように知盛が言えば、経正がそれに返す。

 「なればこそ、此方も礼を尽くしてお迎えすべきでしょう」
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