本編達

□三章 三草山、夜陰の戦場
2ページ/9ページ

 そう言って笑ったあと、景時さんと一緒に陣へと戻った。
 到着すると景時さんは軽い調子で、声を出す。

 「皆、お待たせ〜」
 「景時、京の防衛部隊の配置、どうなった」

 九郎さんが景時さんの声にいち早く反応して、声をかける。
 景時さんも、それにまたすぐ反応して、答える。

 「あ、大丈夫。街道を中心に防備を固めてあるよ。……法住寺殿も、きっちりね。あ〜、でも、結構、時間かかっちゃったかな?待たせてごめんね」
 「いや、助かった。これで背後を気にせず戦が出来る」

 九郎さんが景時さんに笑いかける。
 その笑顔が幼く見えて驚いた。

 「皆さん、遅くなってすみません」

 譲くんが陣の奥から出てきてそう言った。

 「譲くん、大丈夫なの?」
 「もう平気ですよ、十分休めました。……心配かけてすみません」
 「よし、これで全員揃ったな。平家の三草山の守りは還内府だ。宇治川のように容易くは行かないだろうが……この夜のうちに攻めるとは、還内府も勘づいていない筈だ」

 九郎さんの言葉に、急に不安を覚えた。

 「今すぐ攻めて行くんですか?危ないんじゃないか。平家の人達の方が三草山には詳しいでしょう?私達はまだここに来たばかりだし…」
 「そうだな……。いや、しかし夜が明ければ、平家は俺達が三草山に来たのを知るだろう。それからでは、地の利が向こうにある分、尚更厄介だ」

 九郎さんの言葉に頷けずにいると、弁慶さんが説得しに来た。

 「望美さん、三草山の地形は、事前に十分調べました。それに、ここは平家の本拠地、福原のそばに位置しています。あまり時間をとっては危険なんですよ」
 「じゃあ、山ノ口に向かおうか」

 景時さんの言葉に、私は頷くしか出来なかった。

 「私達が行かなきゃいけないのは、山ノ口だ…」

 そう口に出してみたのに、私の足は何故か逆に進んでいた。丹波道まで戻っていると気付いたのは、景時さんに声を掛けられたからだ。

 「あれ?どうしたの?こっちは逆だよ。迷っちゃったかな、それとも疲れちゃったかな」
 「あれ、本当だ。なんでこんなところに…引き返さないと…でも、少し一人になりたいような気もする…。ちょっと一人で考え事したい…かな」
 「考え事?でも、一人でなんて危ないわ」

 朔が驚いた様子で止めるのを先生が制した。

 「危険はない。それに、まだ時間はある。焦って戦場に出るよりも、今は心を決めるが肝要だ」
 「先生…」

 先生を見上げれば静かに頷いてくれる。
 朔もまた、なっとくしてくれたのか、頷いてくれた。

 「…そうですね。心を決めるのはいつでも自分でしかない。私達、ここで待ってるわ」
 「…ありがとう、我儘言ってごめんなさい。少し一人で考えさせてすぐに戻って来るから」

 ……本当は時間があんまりない。それはわかってる…。
 でも少し怖い…自分から戦場に出て戦うなんて…。
 元の世界に帰るには、他に方法なんてないって言うのに…。
 戦い……元の世界の私には全然、関係なかった出来事…。
 なのに、私は戦場に出て戦おうとしている。
 私も…皆も…傷付くかも知れないのに…。
 怖い……これから起こる事が私、怖いんだ…。

 「それでもやらなきゃいけないんだ」

 怖くても…迷っちゃだめだ。
 それは隠さないと。

 ガサガサと葉の揺れる音につられて、身体が緊張状態になる。

 「…なに?なんの音?」

 誰か来る…。

 次第に近付く足音に、剣の柄を握り構える。
 そして、そこに現れた人を見て、力が抜けた。

 「神子、あまり遠くへ行くのはやめなさい」
 「えっ、私そんなに歩いて来てましたか?すみません、心配をかけてしまって」
 「構わない。今は己を見つめる時だ」
 「己を見つめる…時ですか」

 …………私が怖いのは…。
 戦いそのものじゃなくて、戦うと決めた事なのかもしれない。
 白龍の神子である私が、戦う事を選択したから皆を…。
 先生を巻き込んだのかも。
 それが怖いんだ…。

 「神子、迷っているのか?」
 「ええと、あの…」

 先生にバレていた事で、動揺してしまう。
 それなのに、先生は怒ったり、呆れたりせずに、いつものように指導してくれる。

 「神子、決断は、選択だ。誰もがいつも、何かを選択している」
 「何かを選択している…じゃあ……選ばなかった方を、捨てているんですね」

 先生の言葉にそう返せば、先生は苦しそうな表情を見せる。

 「…そうだ」

 でもそれは一瞬の事で、先生の表情はすぐに元に戻る。

 「だが、選んだものは、手の中に残る」

 私は先生の言葉に頷いた。
 先生の言葉はいつも難しい。
 けれど、理解できれば、これほど正確な導きはないのかも知れない。

 「そう…ですよね。選ぶって、そういう事だと思います。何かを捨てて、何かを得る…誰もがいつも選択する…。私はもう、選びましたから…」

 真っ直ぐに先生を見る。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ