本編達
□四章 熊野参詣
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「…い、いや…その、好き…というものでは…」
「望美さん達には、折角ですから、熊野を楽しんで欲しいですね」
そんなつもりはないのかも知れないけど、弁慶さんが敦盛さんを庇うかのようなタイミングで言う。
「熊野は、壮大な自然に触れられる場所が沢山あるんですよ。例えば…花の巖や三段壁等は、是非見て欲しい場所ですね」
笑顔で観光案内を始める弁慶さんに、ふと思い付いた事を言ってみる。
「弁慶さんは熊野に詳しいんですね」
「ええ、実は僕、熊野の出身なんですよ」
弁慶さんの言葉に譲くんが目を丸くする。
「え、そうだったんですか?それなら、弁慶さんが頼めば、協力して貰えませんか?」
「いえ、そうもいかないでしょう。僕が何か言ったところで、今の熊野別当が動くとは思えないんですよ」
弁慶さんの返答を聞いていた九郎さんが口を開く。
「熊野別当とは知り合いじゃないのか?」
「前熊野別当なら可能性もあるでしょうが…。別当は交代したようですから」
弁慶さんの言葉に景時さんが軽く返す。
「じゃあ、その新しい熊野別当に、会いに行く事になる訳だね」
「手強いですよ。熊野の頭領は代々ヒネクレ者ばかりですからね」
弁慶さんがそう言うと、妙に納得した様子で呟くように言う。
「…そうか…。確かに、そうかもしれない」
「そうなんですか…だったら、頑張らなきゃ」
私が決意を持って言えば、弁慶さんが笑う。
まるで、気楽にやれと言うように。
「望美さんなら頭領も話を聞いてくれるかも知れませんよ。可愛いお嬢さんの話を聞かないような無粋な男は、熊野にはいませんから」
「それはお前だけだろう」
九郎さんがそう突っ込むと、弁慶さんが楽し気に笑った。
「ふふ。まあ、会ってみないと解りませんね。熊野別当は本宮にいる筈です。明日になったら向かいましょう」
そう言って、皆が眠りに落ちていった。
私は眠る前に、綺麗な満月を見たような気がしたけど、実際は、どうなんだろう。
夢は確かに教室に見えた。
でも、何もいない。
誰も、いない。
「望美…どこにいるんだ……?」
…誰?
私…呼ばれている?
眩しさで目を覚ます。
そこには当然教室なんかなくて、和風建築の建物があるだけだ。
「…今のは夢?誰かに呼ばれていたような気がするけど…悪い事しちゃったかな?例え夢でも、無視されたら悲しいよね。どうして、答えられなかったんだろう」
「先輩、おはようございます。何かあったんですか?声が聞こえましたけど」
耳に急に入ってきた譲くんの声に驚くのと同時に、内容に焦る。
「…え?私、独り言喋ってた?」
「ええ……まあ」
困ったように笑う譲くんに、急に恥ずかしくなる。
「その…何でもないよ。ちょ、ちょっと、散歩に出掛けて来るね。すぐに戻るから」
「あ…春日先輩っ」
逃げるように宿を後にして、街をさ迷うように歩く。
「うーん…。なんだか、落ち着かないなぁ。変な夢を見ちゃったからかな?朝の空気を吸えば、頭もはっきりするよね…たぶん。譲くん、きっと変に思ってるだろうな……」
「譲がどうしたって?望美」
「…それがね。夢のせいで独り言を聞かれちゃって…って!?」
振り向けば、男性が立っている。
初めて見る人だ。
だけど、まるで、将臣くんみたいな…。
ううん、将臣くんだよ。
「あ……」
「わかんねぇか、俺だ。有川将臣。忘れちまったか?」
首を横に振ってから、声を絞り出すような気分で、やっと出す。
「忘れてはないけど…でも、だって……随分違ってるし…」
「ああ、お前は変わってねぇんだな。お前、こっち…この世界な。こっちに来てどれ位になる?」
言われて少し考える。
「どれぐらいって…半年ぐらいかな」
「それが原因か。俺はこっちに来てから三年半以上もたってるからな」
私は目を見開いて、声を出す。
「さ、三年半も!?」
「あの変な空間ではぐれちまったのがまずかったんだろうな。流石に人相も変わってるだろ」
どこか寂しげに言う将臣くんに、私は苦笑する。
「うん……随分変わったよ。でも、私、すぐにわかったよ将臣くんだって」
「そっか、ありがとな」
どこか苦しそうな表情のままで、そんな事を言う。
「無事で良かった…こっちの世界に来て、将臣くんだけいなくて、心配したんだよ」
「心配かけて悪かったな。色々あったが、見ての通り俺は無事だ。安心してくれ」
その瞬間、いつもの…もう恒例になりつつある光が現れた。
「あ…っ将臣くんの耳にも宝玉…!?」
「宝玉?この玉の事、お前知ってるのか?」
私は頷いてから、話す。