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□Eyes On Me
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自分を好きだと言う男が現れた。
あやめは耳を疑った。目の前の後輩を見つめる。そうか、私は年下好きする女だったのか。冷静に分析する自分が可笑しかった。
あまりよく知らない男子生徒だった。けれど、見覚えはあった。委員会で一緒だったような気がする。
告白をされたのは、屋上へ銀八を探しにきたときだった。
屋上の扉は重厚で、押し開けるとギィィ、と蝶番が軋む。大きな音がするので、誰かがやってくればすぐにわかる。
遠くのフェンスにもたれ、座ってジャンプを読む琥珀の髪がこちらを向いた。前髪で見えないが、おそらく目が合っただろう。しかしあやめは無視をした。あの男に用はない。
向こうも何も言わず、近寄っては来なかった。幼なじみではあるが、学校ではあまり関わらない。一緒にいることも少なく、ふたりが長い付き合いだと知っている人物はそんなに多くない。
全蔵から視線を外し、屋上をくるりと見渡した。想い人の姿はなかった。
国語科準備室は最初に見に行った。もしかしたらすれ違ったのだろうか、と顎に手を添えて考える。もう一度行ってみようか。
踵を返した目の前に、その男子生徒は立っていた。危うくぶつかりそうになり、彼は咄嗟にあやめを受け止める。細くて大きな手があやめの両腕を支えた。
「ごめんなさい」
あやめは顔を上げて謝る。彼の身長はあやめと変わらなかった。真正面から見据えるが、顔がはっきりと見えない。赤い眼鏡がずれていた。
フレームを持ち上げようとしたが、腕が上がらない。あやめは自身の腕を見る。彼に支えられたままだった。
「あの…?」
あやめの後を追いかけてきた、そう直感した。腕に力を込めて身じろぎをすると、彼は慌てて手を離した。
「すみません」
眉尻を下げる顔に悪気はなさそうだった。改めて眼鏡を持ち上げ、あやめはわずかに首を傾げる。短い髪が爽やかな印象を与える男の子だった。
何か用?と訊いたとたん、告白タイムが始まった。あやめは驚いて声も出なかった。
愛情深くて健気だとか、美人でスタイルがいいとか、聞き慣れない言葉ばかりを並べ立てられた。明るいところも好きだと言われた。
しばらく、ぽかんと聞いていた。自分に向けられた言葉とは思えなかった。背中がむずむずする。
初めて、異性から好きだと言われた。
嬉しくないわけではなかったが、惹かれはしない。あの人を追いかけているときのような高揚感は皆無だった。
冷静な心で受け止めていた。
衝撃だったのは、最後に彼が漏らした言葉だった。銀八先生を好きなことは知っている、と言った。
「でも、報われない恋愛はやめた方がいいです。先輩がかわいそうだ」
―――かわいそう?
あやめは瞠目した。それから、吹き出した。
くつくつと笑い、手のひらで口を覆う。笑い声を堪えた。
彼は唖然としていた。それがまた可笑しかった。
「ダメよ、全然ダメ」
私のことがわかってない。そんなことを言われて喜ぶような、弱い女だと思ってるの?
「ごめんね、他を当たってくれる?私、愛されるより愛したい派なの」
さっさと銀八先生を探しに行こう。
扉に向きかけると、彼は慌てて呼び止めた。諦めが悪いな、と眉根を寄せる。自分のことは棚に上げた。
彼は懸命に訴える。
「他の人を好きでもいいです。見守らせてください」
さすがに胸を打たれた。それが本当ならば、健気なのは私よりもあなたの方だ。
彼は最後に、あやめの痛いところをついてきた。
悪くはない。
あやめはそっと微笑んだ。
「そういう人はもう間に合ってるの。残念、あと18年早ければね」
「え…?」
困惑する彼の後ろに、気づけば全蔵が立っていた。あやめは驚いた。相変わらず、気配がない。
「18年って、この子生まれてないじゃん」
彼も驚いて振り向く。教師に聞かれていたことが衝撃だったようだ。ましてや、口を挟んでくるとは思わなかったのだろう。
「あの、先輩、また」
そそくさと立ち去る後ろ姿が萎縮していた。
あやめは大きく息を吐く。全蔵をじとり、と見上げた。
「悪趣味なことしないでよ。いつから聞いてたの?」
腕を組むと、ハァ?と呆れた声が返ってくる。
「あんなでっけー声で笑っといて、よく言うわ。告白されてバカ笑いって、おまえどんだけ性格悪いの?」
「誰がバカ笑いしたのよ、堪えたわよちゃんと」
「や、堪える時点でおかしいし」
言ったとたん、臀部に激痛が走った。
「いってェェェ!!」
尻を押さえ、全蔵は思わずうずくまる。見上げれば、長い足が大きく持ち上がっている。蹴られたのだ。
しなやかな曲線を描く腿が、ゆるりと降りていく。スカートから覗くやわらかそうな肌は白い。さっと視線を外した。
後ろめたかった。


あやめの片想いは、今に始まったことではない。けれど、あやめに片想いをする男が現れるなどと、思いもしなかった。
そんな奇特な男が、自分以外にもいるだなんて。
あの男子生徒があやめの腕を掴んだときから、予感はしていた。目が離せず、息をのんで見守った。すべての会話が聞こえたわけではないが、端から見てもわかった。彼の耳は赤く、あやめを見る目は色めき立っていた。
そんな顔を、全蔵はうんざりするほど長い間見てきた。ざわざわと、胸が騒ぐ。
いてもたってもいられず、ジャンプを閉じた。立ち上がって近づくが、ふたりは気づいていないようだった。周囲を気にする余裕もないのか。
彼が何か言った。応えるあやめの声が、はっきりと聴こえた。
俺のことを言っている。たぶん。
告白をされて返事をしているはずなのに、どういう経緯でそうなったのだろう。見当がつかなかった。
けれど、邪魔をする必要はなくなった。
考えてみれば、あやめがあの銀髪の男以外になびくはずがないのだ。冷静になって、全蔵は苦笑した。それだけ動揺していたのだと、可笑しくなる。
精進が足りない。
思い出して、全蔵はまた笑った。うつむき、うずくまったまま動かない全蔵をあやめは不審そうに眺めた。怪訝な顔をする。
「切れた?痔、切れちゃった?」
「ざけんな、切れたらこんな痛みじゃねぇっつの」
「あ、そう」
ほっと息を吐く優しい気配がした。一応、心配はしているようだ。
よっこらしょ、と全蔵は立ち上がる。ふと気がついた。ジャンプをフェンス前に置いてきた。
あやめは銀八を探しに行く目的を思い出した。今日こそ、一緒に帰るのだ。
ふたりは黙って離れた。
「猿飛」
フェンスに向かって歩いていたはずの全蔵が、呼び止める。扉に手をかけたまま、あやめは振り向いた。
「なに?」
「灯台元暗し。職員室にいるぜ」
「え?」
「坂本と何かやってた。まだいんじゃねェの?」
「……そう」
ありがと、と囁いてみたが、全蔵はもう歩き出していた。聴こえていないかもしれないが、気にならない。そういう関係だ。
全蔵がこちらを振り返ることは、もうなかった。




(嫉妬なんて俺らしくない)
全さちへの3つの恋のお題:ただ傍に居てくれたらそれだけで良かった/試してみる?/嫉妬なんて俺らしくない http://shindanmaker.com/125562

20131105 miyako
れいみん嬢へ誕生祝いに捧げます。

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