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□北北西に愛を食らえ
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鬼はーァ外!という掛け声とともに、一斉に豆を投げつけられる。小さくて軽い豆だが、当たり所が悪ければ相当痛い。銀時は鬼の面の下で小さく唸った。
スナックすまいるの節分イベントで鬼役を頼まれたのは、先日のことだ。店長から直に話があり、万事屋への正式な依頼だった。
妙がどれだけ関与しているかは、わからない。新八も何も知らないようだったので、彼女を介してのことではないのかもしれない。銀時に断る理由はなかった。
新八と神楽も鬼役をやりたがったが、未成年を遅い時間にキャバクラに出入りさせるわけにはいかない。
仲間外れにされたと思ったらしい彼らは初めむくれたが、銀時も代わってもらえるなら代わって欲しいくらいだった。節分の鬼役なんて、良いことなどひとつもない。ましてや、スナックすまいるのイベントでなど。
代わりに新八と神楽は、鬼の面をこぞって作った。
銀ちゃんには青が似合うネ、鬼と言えばまず赤だよ神楽ちゃん、青がカッコイイアル!
押し問答の末に出来上がった面は、ただ顔色が悪い鬼でしかなかった。紫らしき色、だった。
全身黒タイツに身を包み、気持ちの悪い鬼の面をしてイベントに参加した。
キャバ嬢と客がペアになり、先を争うように銀時に豆を投げつける。一目瞭然である銀髪は隠していなかったので、誰もが万事屋の旦那だとわかったはずだ。
金棒代わりにアルミを巻いた銀棒を振り回し、キャバ嬢たちに襲いかかる。それを客が退治するという演出だったが、ここの女たちは黙って守られているタマではない。
綺麗にめかしこんだ妙が、常連客のオヤジとはしゃぎながらぶつけて来た豆は人一倍痛かった。酔っているのだろう、彼女の頬は赤い。
キャーキャー言いながら笑う顔を見て、舌打ちが漏れる。オヤジにくっつきすぎじゃねーの?腕とか背中にもたれて、そんなに楽しいですかコノヤロー。
店内をくまなく回り、追い込まれる振りをして店の正面出入口から出た。呼び込みの兄ちゃんが笑顔でお疲れ様ー、と声をかけてくる。軽く手を上げて、銀時は裏口へ回った。
裏口の扉を開けると黒服の従業員が待っていて、応接室に通された。やれやれと鬼の面を取り、いつもの着流しに着替えたところで、店長がにこやかに入って来た。
「いやー銀さんお疲れ様!気持ち悪かったねー!」
「褒めるとこそこかよ」
「どうしたって子供騙しになりがちだし、路線変更してくれて良かったよ」
そんなつもりは毛頭なかったが、満足してもらえたらしい。ある意味、新八と神楽の手柄だ。
「はいこれ、約束の」
店長が差し出した封筒は、厚みも重みもない。だが、明日からの貴重な生活費になるありがたい金だ。
銀時は毎度、と受け取った。
「あと、これ」
店長は応接室のテーブルに置かれた紙袋を手に取った。
「お客さんに配る用に女の子たちで作ったんだけど、いくつか余ったから。残りもんで悪いけど、良かったら持ってってよ」
「あー、どうも」
紙袋を受け取り、中を覗くと巻き寿司が二本入っていた。恵方巻きというやつだ。
…しかし。
顔をしかめる銀時をよそに、じゃあまたね銀さん、と店長は応接室を出ていく。え、ちょっと、と止める間もなく扉は閉じられた。一人になって、銀時は息を吐いた。
巻き寿司は一本ずつラップに包まれている。そのうちの一本が問題だった。
「米まで炭化するって、どんな術だよ…」
中まで真っ黒の巻き寿司は、海苔と米の境がわからない。隣の巻き寿司が美味そうなだけに、異質さが際立っていた。
客に出しても残るだろうし、万が一口にする勇者がいたとしても食中毒で営業停止になりかねないだろう。かといって、うかつに捨てるわけにもいかない。店長はよくわかっている。銀時は苦笑した。
「食べ慣れて、免疫できてると思われてんのかね」
ソファーに座り、誰が作ったものか考えるまでもないそれを取り出す。
ラップを外しながら、北北西ってどっちだっけ、と考えた。


私服に着替えて更衣室から出ると、従業員用のトイレから出て来た銀時と鉢合わせをした。驚いて、妙は目を丸くした。
「まだいたんですか」
「ああ…うん、腹が痛くてな」
「いやだ、何か拾い食いでもしたんですか?」
「…勇者に向かって、そういうこと言う?」
言っている意味がわからない。妙は首を傾げた。
銀時は疲れた表情をしているが、顔色は悪くない。
「私もう帰りますけど。一緒に出れます?」
「出る」
男はへらりと笑って頷いた。
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