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□片想いFinally
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妙とは小学生のとき同じクラスだった。
中学では一度も同じクラスにはならかったが、高校も一緒で、いわゆる腐れ縁というやつだ。
銀時はいつでも、妙が委員長の職務についていなくとも、彼女を委員長と呼んでいる。


「委員長」
放課後の廊下で、帰り際の彼女を呼び止めた。
妙の肩がぴくりと揺れて、ポニーテールも一緒に揺れた。ゆっくと振り向く彼女の顔には緊張の色が窺える。
まともに口を聞くのは一ヶ月振りだった。長い付き合いの中で、こんなことは初めてだった。
大きな瞳を何度も瞬きして息を飲む彼女以上に、銀時は緊張していた。


腐れ縁ではあるが、桂や高杉とは違う腐れ縁だと銀時は思っている。
特別な想いは隠し続けた。男でも女でもなく、互いに子供だった頃から知っている。彼女の前で男の顔を見せることができなかった。
男になったとたんに彼女が離れていくことを恐れた。それならば、ガキ大将と委員長のままでいい。
ただ一途に想い続けた。


突然訪れた転機は、ちょうど一ヶ月前。
妙にバレンタインのチョコレートをもらった。


チョコレートをもらうこと自体は初めてではない。
最初は小五のときだった。寒い日で、冬の陽射しが弱まる夕方だった。
下校途中で妙に出会った。壁に背をもたれ、道の端で佇む彼女を見たときに違和感を覚えた。彼女の背にランドセルはなかったので、一度家に帰ったのだとわかる。
誰かを待っている風だった。
足を止め、見つめる銀時に妙は気づいた。寒さで鼻の頭を赤くし、こわばった表情で銀時を見ている。銀時は首を傾げた。
てくてくと近づき、妙の前で足を止める。
彼女は、どこに寄り道してたの?と顔をしかめながら、小さな包みを差し出した。幼い手にも包み込めてしまうそれは、駄菓子屋でよく見かける十円のチョコレートだった。
銀時がいぶかしむと、妙は口をへの字にして睨むように真っ直ぐに見つめてくる。この頃はまだ目線が同じ高さだった。
『バレンタインだから』
真っ赤なマフラーと白うさぎの耳当て、林檎色の頬。その澄んだ声までを、五年経った今でも銀時ははっきりと思い出せる。
義理だからね、と言って押し付けられた。
走り去る彼女の揺れるポニーテールをぽかんと眺めて、銀時は立ち尽くす。
手の中の小さな包みをじっと見つめた。
バレンタインに興味もなかったガキ大将が、初めて異性を意識した瞬間だった。


もらったチョコレートを食べることはできず、どこかへ置き去りにすることもできず、その日はポケットに入れて持ち歩いた。
それまで銀時のポケットはその機能をほとんど果たしてはおらず、いつも底が砂塵にまみれていた。季節によってはドングリやセミの脱け殻を押し込み、ハンカチなど入ったためしがない。
そのポケットに、銀時は小さな包みをそっとしまった。
しかしそれは、束の間だった。翌日、銀時は真実を知る。
妙はチョコレートを、男女の区別なくクラス全員に配っていた。さらに、幼馴染みの九兵衛にはきちんとした友チョコを渡していた。
得体の知れない喪失感と諦めが銀時を支配して、そうなる自分にもショックを受けた。
話かけてくる桂を無視して教室を出る。
階段を駆け上がり、屋上へ続く扉の前に立った。扉は施錠されているが、そこは銀時の遊び場だった。
静まり返る空間で、ポケットを探る。手の内に強く握り締め、取り出した拳をじっと見つめた。
半ばやけくそに、乱暴に包みを破って口に放り込んだ。
甘かった。
甘いことが悔しかった。銀時は、甘味を消すために噛んだ。


初めから片想いだと知っている初恋だった。


それからは毎年、バレンタインにチョコレートをもらった。
マーブルチョコだったり板チョコだったりと変化はあったが、明らかに義理だとわかるものばかりだった。
しかし次第に、銀時から虚しさや焦りは消える。
妙は一度として、誰かに本命チョコを渡したことがない。弟や親友には特別なチョコレートを渡すが、もう銀時の心を乱す要因にはならない。言えない片想いには、諦めがついて回った。
ホワイトデーのお返しは、いつも飴玉ひとつと決めた。
妙には不平を言われたが、駄菓子の域を出てない義理チョコにはこれで充分だ、と突っぱねている。
妙は口では文句を言うが、銀時がいざ本命返しをすれば困惑するに違いない。彼女を困らせるつもりはない。
喧嘩して、笑って、傍にいて欲しかった。


二人の均衡を崩したのは妙だった。
十六歳のバレンタイン、彼女は銀時に手作りチョコを渡した。
妙の料理の腕前が破壊的なことは嫌というほど知っている。初めは新たな嫌がらせかと思ったが、中を見て目を疑った。
炭化してはいなかった。
彼女の手のひらほどもある大きなチョコレートだった。カラフルなデコレーションがされたそれは、いびつではあるが間違いなくハート型だった。
ハートの中央に、漢字で『義理』と書かれている。
どう捉えたらいいのか、わからなかった。
今までの義理チョコとは様子が違っている。手作りで、凝っている。だが、そこに似つかわしくない文字がある。
一ヶ月、銀時はその意味を考え続けた。


「委員長」
振り返る彼女の頬は、いつか見た林檎色ではなく桃色だった。女を感じて、銀時の胸は高揚した。
強引に彼女の手を取る。驚く黒曜の瞳が見上げてきたが、構わず引っ張った。歩き出すと、わずかに抵抗する力が強まった。
「どこ行くの?」
無視して階段を上る。
すれ違う生徒たちが不思議なものを見る目で二人を振り返るが、銀時にはどうでも良かった。
二人きりになれる場所を求めて、屋上に上った。
高校の屋上は開放されている。今の銀時の根城は、当然のように屋上になっている。
重い扉を開くと、青い空と白い雲が視界いっぱいに広がった。春一番が吹いて、雲が早い速度で流れている。風が体を吹き抜け、妙は咄嗟に目を閉じた。
銀時は乱れる髪を気にもせず、警戒するように周囲を見回す。
たまにここで高杉が煙草を吹かしている。しかし今はいないようだ。
銀時は扉を閉め、扉と自分の間に妙を立たせた。
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