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□まちがいさがし2
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※3Z設定ですが、大いに捏造しています。
※幼なじみ設定です。
※苦手な方はブラウザバックでお戻りください。










誕生日は夏休みの真っ只中なので、全蔵は子供の頃から友人に祝われたためしがない。
女子ならば誕生日会もするだろうが、全蔵自身、誕生日に固執するキャラではない。ましてや盆も過ぎた夏休みの終盤、友人たちは宿題に追われている。全蔵の誕生日は家族以外には忘れられていた。
隣の家の子供は、家族のようなものだった。
十歳下のあやめのことは、産まれたときから知っている。兄妹のように育った。全蔵もあやめも一人っ子なので、互いの両親は二人をよく一緒に遊ばせた。それでも十歳離れていれば、全蔵にとっては遊ぶというよりも子守りになる。
あやめの両親は共働きだったので、娘を全蔵の家に預けることが多かった。
全蔵は面倒見がいい。粗野な外見とは裏腹に、若いながらも礼儀正しく、女子供や弱者には優しい。信頼されていたのだろう、あやめの両親は服部家に全蔵しかいないときでも、躊躇いなくあやめを預けた。
あやめは親鳥を慕う雛鳥のように、全蔵について回った。
両親と全蔵だけが、五歳のあやめにとっては世界のすべてだった。

家族以外に祝われた最初の誕生日は、十五になる年だった。
初めて彼女ができた。付き合い始めて間もない頃にやってきた全蔵の誕生日を、当然彼女は祝ってくれると言った。
夕食には、母親が全蔵の好物を作ってくれるはずだ。彼女とは昼間、外で会った。
テーマパークでデートし、手を繋いで歩く。それ以上のことはまだしたことがなく、互いに期待していると感じた。
彼女の家まで送るつもりだったが、全蔵の両親が待っているからと、彼女の方が全蔵の家まで送ってくれた。夜というにはまだ早い時間だったが、辺りは闇に溶け込む頃だった。
全蔵の家の前で、触れるだけのキスをした。
初めての行為で、まさに手探りだった。辺りも暗く、少しだけ唇からずれた。けれどやり直す勇気はない。
息を吐きながら彼女の背中を見送った。
「ぜんぞう」
突然の幼い声に、飛び上がった。
慌てて振り向くと、闇の向こうにあやめがいた。全蔵は目を見張る。
「おま、こんな時間にひとりで」
「ぜんぞうんちに行くとこよ」
あやめは背筋を伸ばし、顎をくい、と上げた。闇に混じるその姿は、どこか堂々としている。その瞳が光った気がした。
猫みてェ、と全蔵は見つめる。
あやめは動かない全蔵に近づいた。目の前まで来て、手招きをする。全蔵はいつもするように、あやめの前にかがんだ。目線が同じ高さになる。
「たんじょうびプレゼントよ、ぜんぞう」
「ん?」
しかし、あやめの手には何もない。全蔵があやめを下から覗き込むと、彼女は彼の頬を小さな手のひらで覆った。
熱い。
そう感じた瞬間、目を閉じたあやめの顔が視界いっぱいに広がる。唇に、柔らかいものが触れている。
全蔵は瞬きを繰り返した。
少女の身体を引きはがそうと腕を上げる前に、彼女の身体は猫のようにするりと逃げた。
離れていく少女を、全蔵は見つめた。
あやめは薄く微笑む。
「あのひとより、あたしの方が好き」
全蔵はぎくりとした。憂う眼差しは、五歳には見えない。
あやめは全蔵の返事を待たなかった。
踵を返し家に入っていく後ろ姿を、少年は黙って見送った。
細い身体を掴むはずだった手は空を切り、ゆっくりと脇に落ちた。


夏休みの宿題を、あやめは全蔵の部屋に持ち込んでいる。
「おまえもう帰れよ」
日付が変わる頃、全蔵はうんざりとして言った。
いつものように夕食を服部家で食べたあやめは、そのまま全蔵の部屋に居座った。表向きは宿題を教えてもらうという理由をつけていたが、日本史教師である全蔵が高校の他教科を教える自信は、はっきり言ってない。
あやめにもそれはわかっているようで、聞いてくることはなかった。それでも、だらだらとして全蔵の部屋から出ようとしない。
「いいじゃない、省エネよ省エネ。一緒の部屋にいるのがいいんだって」
「ひとんち来て、省エネって」
「うち、誰もいないもの」
「うちだっていねーよ」
二人の両親は、町内の旅行に出掛けていた。あやめが小さい頃はともかく、娘を全蔵に預けて行くことはもうない。あやめが勝手に来て、全蔵の手料理を当たり前の顔をして食べただけだ。
全蔵が入浴している間も、あやめは居間でテレビを見ていた。全蔵が部屋に上がると、宿題をすると言って部屋に上がってきた。
変なところでいまだに雛鳥だ、と全蔵は呆れる。
「つーか俺、もう寝んだけど」
「あ、そう?」
時計を見て、あやめはようやく立ち上がった。教科書やノートは、どうせまた明日来るからと置いていく気らしい。
ああやっと一人になれる、と全蔵はベッドに潜り込む。
「電気消してってくれ」
しかし、灯りが消える気配はない。
全蔵は枕から首を上げた。あやめはドアの前に立ち、携帯を見ている。
「おい、」
んなもん帰ってから、と言いかけた。
あやめがふいに、よし、と頷いて、顔を上げる。
「誕生日おめでと、全蔵」
「……、え」
「日付変わったから」
「…あ、そう…」
自分の誕生日など忘れていた。
沸々と喜びが沸き起こる。このためにこの時間まで居座ったのかと、嬉しくなる。
しかしあやめはあっさりと電気を消した。
「え、ちょっ」
「え?」
全蔵の声に、あやめはまた電気を点けた。
「なに?」
「…帰んのか?」
「帰れって言ったの誰よ」
「そうだけど、プレゼントは?」
「ないわよそんなもの」
腰に手を当て、胸を張るあやめが見えた。全蔵は内心でがっくりと項垂れる。
「ガキんときの方が、サプライズあったなァ…」
呟くと、あやめは顔をしかめた。何よそれ?と首を傾げている。
全蔵は上半身を起こした。
「覚えてねーの?」
「いつの話?」
「五歳…くらいか?」
「知らないわよ、そんなの」
とたんに、全蔵はベッドに身を沈める。深く息を吐いた。
「もういいよ、帰れ帰れ」
しっし、と手を振ると、あやめはムッとした。毛並みが逆立つ気配がしている。全蔵は口角を上げた。
猫なのは変わんねェな、と目を閉じる。

灯りが消えて、瞼の裏のわずかな光までも暗くなる。
拗ねた声が、遠くに聴こえた。

「あんなの、サプライズじゃないわよ」

扉が静かに閉まる。
覚えてんじゃねーか、と全蔵は目を閉じたまま笑った。




20120823 miyako
モテモテ全蔵とか、大いなる捏造。

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