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□Need I say more?
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妙が急ぎ足で3Zの教室を出たので、銀八は慌てた。帰ろうとする生徒や部活へ行こうとする生徒たちを追い越し、男は廊下へ出た。妙は階段を降りようとしていた。
「おーい志村」
内心では焦っていが、平静を装い声をかけた。いつもの間延びした声に聴こえただろう。彼女は足を止めて振り向いた。
よく見れば鞄は持っていない。帰るのではないのだとわかり、いささか安堵する。
「何ですか?」
妙の声は警戒している。また何か用事を言いつけられるとでも思っているのかもしれない。
「忙しい?」
銀八はゆるゆると歩み寄った。朝からずっと声をかけるタイミングを図っていた。今逃せば、今日はもう会えないだろう。
「忙しくはないですけど…」
「みんなでカラオケ行くって?」
「はい」
妙の誕生日を祝うパーティをすると、数日前から神楽が張り切っていた。幹事は九兵衛で、男子禁制の女子会らしい。新八が嘆いていたのを思い出す。
白衣のポケットに両手を入れた。左側の膨らみを意識する。
「それまでちょっと、時間くんね?」
指先に触れた小さな包みをもてあそぶ。彼女の時間は少ないだろう、すぐに渡すしかないと思った。できれば人目を避けて二人きりになりたいが、仕方がない。
「すみません」
と妙は言った。銀八を振り切りたいのか、足は今にも階段を降りそうだ。彼女の声はきっぱりと断りを告げた。
「人に会う約束があるんです」
「……あ?」
銀八は眼を細めた。男の勘が、つい態度を悪くした。異変に気づいた妙が、戸惑ったように視線を外す。しかしまたもや彼女ははっきりと口にした。
「体育館裏に、呼び出されてて」
何だそれは。銀八はあからさまに顔をしかめた。
それはつまり、
「男か」
「え?」
「男に呼び出されたのか」
きつい口調で問うと、彼女は一瞬、怯えたような瞳をした。銀八は唇を噛む。
二人の横を生徒たちがすり抜けていった。彼女の口が動いたが、言葉は喧騒にかき消された。銀八には届かなかったと妙は気づいたが、繰り返すことはしなかった。男の蒼眼が怖かった。
告白されにいくのか。
そう言って彼女の身体を揺さぶりたかった。行くなと言って、柔らかい身体を腕に閉じ込めたい。
だができない。
銀八はゆるく口角を上げた。蒼眼はもう、いつもの眼差しに戻っていた。
「誕生日だもんな」
銀八は微笑んだ。
「うん、まぁ大した用事じゃなかったからさ、今日はいいや。わりィな呼び止めて」
妙の返事を待たずに、男は踵を返した。早足で歩いた。一刻も早くこの場から離れたかった。
妙が自分を男として見ていないことは明らかだ。強引なことをして、教師と生徒という関係を壊すこともできない。傷付くのは自分だけじゃない。
妙を傷付けてまで聖職者の仮面をはがす勇気はない。
銀八はポケットの包みを握りしめた。
振り返り、彼女の姿が消えていることを確認する勇気すらなった。
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