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□Dear G
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※未来の坂田家を半端なく捏造しています
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リーサル・コンビネーションラジカル・クラシカルを先に読まれることをお奨めします




 銀司郎は幼い頃、いつも銀壱の真似をしていた。年子だが、銀司郎は兄と弟という年功序列をはっきりと理解していた。今思えば、両親の教育方針だったのかもしれない。
 実際に銀壱は弟から見てもよくできた兄であり、とても優しかった。兄弟喧嘩は人並みにしたが虐められた記憶はない。兄は誰にでも平等で、不屈で、繊細な男だ。
 成長期に入ると瞬く間に兄の身長を追い越したが、見下ろすようになってもその偉大さは変わらない。銀司郎の中では不変の尊敬する兄である。
 幼い頃は些細なことを真似した。例えば両親の呼び名。物心ついた頃は「父上、母上」だった気がする。気づけば「父ちゃん、母上」になっていた。
 その頃、父に剣術指導をしてもらったことがある。銀壱はそれ以来、叔父の道場での稽古をやめてしまった。銀司郎は続けている。兄の心境の変化は、銀司郎には計り知れない。けれど「父上」と呼ばなくなったことを、父も母も何も言わなかった。むしろ父は喜んでいた。「父上なんて柄じゃねェしなァ」と笑っていた。しかし妹が「父上」と呼ぶと、満更でもないような顔をする。息子と娘は違うということだろう。
 銀司郎も当然のように「父ちゃん、母上」になった。思春期を過ぎて、今では「父さん、母上」になっている。母の呼び名だけは変わらないのが、坂田家の力関係の表れか。
 剣術を始めたのも銀壱の影響だった。けれどこれだけは、兄と違う道を辿った。初めから兄と自分は似ていない。少しずつ、兄とは違う自分も探すようになった。


 テレビでは芸能ニュースが流れていた。老年の芸能人夫婦が表彰されている。銀司郎はぼんやりとそれを眺めていた。そこへ、銀壱が居間に入ってくる。
「うちの『いい夫婦』はどこ行ってんの」
 定位置の座椅子にもたれながら、兄を見上げて訊いた。銀壱はエプロンを外した。
「寺子屋帰りのお凛を拉致って、買い物」
「あー、冬もの?」
 季節の変わり目になると、両親は凛を連れて買い物に行くことが多い。目的は成長期の娘の服を買うことだ。
 普段、凛の着物はアンティークが多いが、同窓生などは流行りの着物を着ていたりする。凛は遠慮するが、両親が暴走するときがある。時々着せ替え人形のようになっている。
「メシは家で食うってたから、もうすぐ帰ってくんじゃね?」
 銀壱は夕刊を手に取り、銀司郎の向かいに腰を下ろした。ふと、銀司郎は疑問に思った。口にしてみる。
「いっちゃんは、お凛のそういうの興味ないよね」
「そういうの?」
「服とか、髪型とか」
「はァ? あるかよ、んなの」
 銀壱は露骨に眉をひそめる。
「オマエはあんの?」
「ない」
 真顔で否定すると、銀壱は苦笑した。
「質問の意図がわかんねェ」
「お凛のさ、食事とか洗濯とか、まァ洗濯は俺もするけどさ、朝の準備とかもいっちゃんの役目でしょ」
「毎日じゃないけどな」
「二人がいない間ミルクやっておしめ替えて、お凛は俺が育てたのに父さんたちオイシイとこ持って行きやがって! みたいなの、ないの?」
「ない」
 憮然とする銀壱に、今度は銀司郎が笑った。
「やってることは母親だよね」
「自分で言っといてツッコむとこソコ?」
 母似の大きな瞳が呆れた眼差しになった。
「つーか育ててねェし」
 眼を細める兄を見つめて、銀司郎はテーブルに頬杖をつく。わずかに首を傾げた。
「そっか、いっちゃんファザコンだもんね」
「……は?」
「父さんに嫉妬とか、ありえないよね」
「…………」
 否定しない兄が意外だった。自覚はあるのか、と銀司郎は内心で驚く。
 銀壱が父に一目置いているのは、傍で見てきた銀司郎だからわかることだ。銀司郎も凛も父を好きが、兄のそれは憧憬に近い。
 一見かかあ天下に見える我が家だが、家族の誰もが父を尊敬している。口にすることはないが表では母を立て、裏で父を頼りにしている。いざというときに一家を支えるのは父であると、自分たちは他でもない母から学んでいる。
 中でも銀壱の想いは格別だろう。剣術を辞めてしまったからこそ、兄は父を誰よりも慕っている。甘えることはなく示されることもない。だが、明らかに父は特別だ。
 対して、凛は母にべったりだった。母のようになりたいと彼女はいつも言っている。それを聞くたびに父は渋い顔をした。うちにメスゴリラは二人もいりませんよー、と(母に聞こえないように)嘆いているが、兄の銀司郎から見ても凛には母の遺伝子が如実に出ている。いい意味でも、悪い意味でも。
「そういうオマエだってファザコンじゃねーの?」
 反撃のつもりなのか、銀壱が言う。しかし銀司郎はさらりと交わした。
「好きだけどね?」
 わざとらしく満面の笑みを浮かべると、兄は唇を引き締めた。
「おめー、たまに卑怯だよな」
「えー? いっちゃんが実直すぎんの」
「俺は不真面目だっつの」
「そうやって悪ぶりたいとこ、父さんに似てる」
「バカにしてんのか?」
 むぅ、と唇を尖らせるが、父に似ていると言われて嬉しくないはずがない。銀司郎は微笑んだ。
「尊敬してますヨーお兄サマ」
「棒読みじゃねェかオイ」
 そのとき、玄関扉が開く音がした。ただいまー、と凛の声が響く。銀壱は立ち上がった。
「さーて、飯作っかァ」
 エプロンの紐を結びながら、兄の足はしかし玄関へと向かう。銀司郎は横目に見て、また座椅子にもたれた。テレビではクイズ番組が始まっていた。
 やがて、廊下からの会話が聞こえてきた。父と兄だった。凛には帰宅したらすぐに手洗いを、と日頃から教えている。母と洗面所に向かったのだろう。
 父の声がした。
「メシなに?」
「中華。春巻きと麻婆豆腐と、今から炒飯作る」
「マジでか! ほら、こないだ作ってくれた……」
「マンゴープリン。ちゃんとあるよ」
「よし!」
 口角を上げる父と、苦笑する銀壱が容易に想像できた。銀司郎には兄の内面の裏側までも見えている。
 父と兄は似ている。銀髪や甘党なところだけでなく、照れ屋なところも、愛情表現が密やかなところも。
 そして、兄と自分は似ていない。しかし同じ想いを抱いている。身近な男に憧れて、いつか彼を守りたいと思っている。
 銀司郎には兄以上に自覚があった。

「おかえりー」
 並んで居間に戻ってくる父子を、銀司郎は笑顔で迎えた。
 自分は重度のブラコンだ。




20121122 miyako
20221122 一部修正
いい夫婦どこ行った(笑)
兄と妹を傷付ける輩がいたら、じろは容赦なく叩きのめします。三兄妹の騎士。

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