T-SS


□銀八妙
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※33歳と23歳


「ケチー」
銀八が唇を尖らすと、膝の上の息子がきゃっきゃと笑う。
「なー?ママケチだよなー?」
小さな顔を覗き込むと、無精髭の顎に短い指が触れた。彼はよくそうする。だぁだ、とあどけない声がした。その手触りが好きらしく、放っておくといつまでも触っている。
柔らかい手を握ると、銀八の手のひらにすっぽりと納まってしまう。握った手ごと左右に振ると、息子は一層きゃっきゃと笑った。
「ケチケチー、ママのケチー」
節をつけて繰り返した次の瞬間、息子は生まれて初めての単語を口にした。
「けちー」
「ちょっと」
黙って聞いていた妙が眉をひそめた。
「真似するからやめて」
「じゃあ公園行こ」
「ふたりで行ってきて」
「買いもんでもいい」
銀八は息子の頭に顎を乗せた。自分そっくりの天パがくすぐったくもあり、その心地よさにうっとりもする。子供の頭はあたたかいと、彼を抱くまで知らなかった。
銀八は蒼眼を細めた。
「ちょっとくらい休んでもいーじゃん、論文」
全然間に合うっしょ、と優しく笑えば、寝不足の妻はくるりと背を向けた。子育てと学業の両立を強いたのは自分だ。妻も子も諦められずに、彼女にばかり負担をかけている。
「なァ」
銀八はまた息子を覗き込んだ。
「世界で一番キレイなの、だーれだ?」
「まんまー」
間髪を入れず返される言葉に、妙は息をのむ。
「世界で一番カッコいいの、だーれだ?」
「だぁだー」
妙の肩が小さく揺れる。くつくつと、背中が笑った。
「ウソばっかり教えて」
振り返った顔は、今にも泣き出しそうだった。
「ハーゲンダッツ食べたい」
よし、と銀八は立ち上がる。アイスを持ち歩いても容易には溶けない季節でラッキーだ。ベビーベッドに息子を下ろす。
「買いもんしてぶらぶら歩いて、公園で食う」
「うん」
「帰ったら一緒に飯作って、こいつ寝かせて」
銀八は妙に歩み寄った。こちらが腕を伸ばす前に、彼女の細い腕が伸びてきた。強く引き寄せる。
「朝まで腕枕コースだ」
昔のように身軽になった身体で、世界一美しい妻を抱き締めた。




妻のいないところで我が子にずっと「ママきれいだなー」って言ってる妻バカな旦那推奨。

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