T-SS


□プロムナードと雨
1ページ/1ページ

 雨を蹴散らし、銀時がすまいるに飛び込んできたのは閉店間際だった。最後の客を店内から見送っていたおりょうは、濡れ髪の男に驚いた。
「あら旦那。やっぱり降ってきた?」
「あァ──参ったわ。雨やどりさせてくんね?」
「もう終わりだから裏口で待ってて。お妙呼んでくるわ」
 妙の親友には一切の説明が必要ないので助かる。銀時は店の外に出て裏口へ回った。雨は勢いを増すばかりだ。ボタボタ、と狭い屋根を無遠慮に打ち付ける。
 閉店から三十分以上待たされた。ようやく妙が姿を見せたとき、つい不満が口をついて出た。
「遅ェよ」
 眉をひそめる男をちらりと一瞥し、妙は折り畳み傘を広げた。
「約束してませんよ」
 小さな吐息が呆れている。男は半分乾いた髪をわしわしとかいた。
「今朝の天気予報見なかったんですか?」
 そんな心の余裕はなかった。少しだけ悔しくなる。彼女には余裕があったということだ。銀時が好きだと公言している、お天気お姉さんの笑顔を見る余裕が。それでも、妙はそれ以上何も言わなかった。
 ふたりで小さな折り畳み傘に入り、深夜のかぶき町を歩いた。雨が一層激しくなる。ぴたりと寄り添っていないと肩や腕が濡れた。妙も同じだろう。銀時は彼女の肩が濡れぬよう、傘をそっと傾けた。
「どこかで飲んでたんですか?」
「や、飲んでねェよ」
 そうでしょうね、と呟く声が雨音に混じって聴こえる。
「お酒臭くないもの」
「ちょっと、急に思い立ってな」
「私と相合い傘したかったんですか?」
「はァ?」
 銀時は心から呆れた。
「あんね、相合い傘で喜ぶのは女だけですよ。中途半端に濡れるし歩きにくいし、いいことねーじゃん」
「これだからマダオは」
 今度は大きくため息を吐かれた。まったく甘い雰囲気にならない。会える口実をせっかく見つけたというのに。銀時は妙の耳元を見て、あ、と声を上げた。見たこともないピアスをしている。
「昨日のは?」
 小華をあしらったピンクゴールドのピアスは妙がよくしていたものだ。今日のこれは妙の趣味にしてはいささか華美のような気がする。仕事用かもしれない。妙は眉尻を下げた。
「なくしちゃって。お気に入りだったのに残念だわ」
「いつもしてたもんなァ」
「はい」
 頷いて妙は唇を引き結んだ。本当に好きなピアスだったのだ。男と会うとき、ほとんどあれをしていた。昨夜もしていた。男の傍にいるときはお気に入りのもので自分を着飾りたい。少しでも、かわいい、綺麗と思って欲しい。
 だが、と妙はそっと隣を盗み見る。この男にはそんな妙の気持ちは伝わらないだろう。今だって妙が落ち込んでいるというのに、へらへらと口元をゆるめている。
「お妙」
 万事屋が見えてきたところで銀時が急に足を止めた。傘からはみ出さないよう妙も立ち止まる。
「なんですか?」
 男は傘の柄を妙に押し付けた。なによ、とつい眉根が寄る。
 突然、耳朶にひんやりとした感触がした。男の指が触れていた。耳朶のうしろを指の腹で擦っている。妙は息をのんだ。ぞくぞくと、昨夜の快感がよみがえる。耳朶を優しい指やあたたかい舌で愛撫されたことを思い出す。
「ぎんさん……っ……?」
「結構ちゃんとついてるもんだなァ」
 男は呑気だ。まじまじと見つめ、金属の結合部を撫でている。
「これが外れたんだなァ、あんとき」
「──え?」
 銀時は手のひらを開いて見せた。妙は目を見張る。なくしたはずのピアスが男の手の中にあった。
「着流しの袂に入り込んでた」
 男はにやり、といやらしく笑む。
「ごめんな、犯人俺だわ」
 気づかねェもんだな、と、やわらかい耳朶にまた触れる。妙は真っ赤になった。
 あのときしかない。
 自分は肩から足の爪先まですべてを晒したというのに、男は服を着たままだった。着流しはやや乱れていたものの、袖は通したままでいた。男の愛撫でゆるんだピアスは激しい突き上げのときに落ち、着流しの袂に滑り込んでしまったに違いない。
 嫌でも昨夜の快楽を思い出してしまう。紅潮する頬を冷ます術は、妙にはない。
 差し出されるピアスを指先でそっと掴んだ。
「……ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
 うつむく妙の耳朶を銀時は触り続ける。

 万事屋は目の前だ。けれど、小さな傘がふたりの表情を隠してくれる。
 雨音がリップ音を隠してくれた。




20140525 miyako
お題『耳朶』と『雨音』
お題はフォロワーさんからいただきました。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ