T-SS 2

□3Z全さち
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【あやめside】

「1年の猿飛さんて、服部先生の知り合いなんですか?」
廊下の角を曲がる前、女生徒の声が聴こえた。知らない声。ピタリと、あやめは足を止める。
知らない女と、知りすぎている男。
「隣の家の子でね」
「へぇ〜偶然ですね、ここの生徒になるなんて」
「腐れ縁ってやつでな」
バカじゃないの。
あやめはそっと眉根を寄せた。壁に背を預け、視線を落とす。偶然なわけないでしょ。
「仲良いですもんね」
「良いかァ?……ま、兄妹的な喧嘩はするかな」
徐々に遠ざかる声を、追うことはしなった。見たくもない。
顎を引くと自然に唇が強く結ばれ、不機嫌さが増した。
知らない女の声。けれど、あの声の主は私を知っている。きっと先輩だ。
『服部先生』を自分よりも多く知っている女。
あやめは小さく息を吐いた。
ゆるりと、壁から身を起こす。
「学校では話しかけないで」
入学時にそう言ったのは自分だ。
学校でまで、高校生になってまで妹扱いされるのはご免だった。


【全蔵side】

産まれる前から知っている。
子を授かった、と隣の若夫婦が話している嬉しそうな声を覚えている。
少しずつ膨らんでいく腹を見ていた。陣痛が始まった時、若い父親は仕事に行っていて、タクシーに乗り込む母親を見送ったのは、たまたま通りかかった学校帰りの自分だ。
深緑の季節にあやめはやってきた。
細く薄藤色の髪は短く、産毛が母の胸に擦れて逆立っていた。大きな紺色の瞳が自分を見つめるが、生後二週間なので視力はまだはっきりしないという。それでも、覗き込めば影が射すのか、俺の動きをゆるやかに追う。瞬きが少ない。
不思議ないきものだった。
新生児のあやめを抱く時は手を洗った。赤子に触れる為に必要な行為が、神聖な儀式のようだった。
よちよちと歩き始めたあやめを抱き上げる時も、ふいに、素手で触れてはいけないと思うことがあった。まったく馬鹿げた考えだ。
だが、その馬鹿げた考えが今でも俺を縛り付けている。
容易には、触れてはならぬ女の子だと。




20141225 miyako
20150702 加筆修正

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