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□讃歌
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朝稽古を終え、新八は庭を回り縁側から家に入る。
居間には妙がひとりで座っていた。裁縫をしている。
「おはようございます姉上」
「おはよう」
妙は穏やかな笑みをもらし、最後の一針を縫うと絹糸を切る。その動作は緩やかだった。
「ずいぶんと早いですね」
手拭いで汗を拭いたあと、新八は眼鏡をかけて姉を振り向いた。妙が鳶色の着物を手にして立ち上がるところだった。
「これを間に合わせたくて」
妙は新八の背中に回り、身頃を合わせる。新しい着物だとすぐにわかった。節目ごとに、妙は新八の着物を縫う。
その意図に気づき、ようやく今日という日を思い出す。
「…ありがとうございます」
自分の年齢など、三十歳を越える頃から数えていない。若い頃は五十歳の自分など想像もつかなかったが、いつの間にか父の年齢も追い越してしまっている。
心はいつまでも少年のまま、という義兄の言葉を思い出し、こっそり苦笑した。
還暦を越えた彼は毎日が夏休みの少年のように、今も朝寝をしている。ラジオ体操には行ったこともない子供だったに違いない。
妙は着物の仕上がりに納得したのだろう、満足げに頷くと、慣れた手つきで着物を畳んだ。歳を重ねても料理の腕前は上がらなかったが、裁縫は人並み以上の腕を持っている。
新八を見上げて、妙は優しく微笑んだ。
「お誕生日おめでとう、新ちゃん」


変わらぬ姉の笑顔を見ていると安心する。
差し出された鳶色の着物を、新八はそっと受け取った。
妻にまた「シスコン」の烙印を押されるだろうなと危惧しながら、ありがとうございます、と満面の笑みを浮かべた。




20120813 miyako
1日遅れましたが、ぱっつぁん誕生日おめでとう。

20130119 一部修正
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