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□Wildflower
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辰馬が帰宅したのは、二十二時を過ぎてからだった。
会議のあと急な飲み会が入ったので遅くなると、事前にメールで知らされている。二十二時では、むしろ早いくらいだ。明日は土曜日なので午前様も覚悟していた。
妙と別れたあと、りょうは実家で夕食を取り、マンションに帰ってから入浴を済ませている。パジャマで出迎えた。

「早かったのね」
スーツを脱がせながら言うと、腕から袖を引き抜いたとたんに抱き締められた。
「会いたかったぜよォ」
「毎日学校で会ってるじゃない」
「わしが会いたいのは、楢崎りょうじゃないき」
長身の辰馬に抱き締められると、りょうの身体はすっぽりと収まる。しなやかな腕の心地よさに、りょうは息を吐いた。
「お酒臭いわ、離して」
胸を軽く押すと、男は渋々と腕を解いた。
寝室のクローゼットからハンガーを取り出し、部屋の隅にかける。居酒屋特有の匂いが染み付いているので、このままではしまえない。
リビングに戻ると、辰馬が寝そべってソファーを占領していた。酔っているようには見えなかったけど、とりょうは首を傾げる。
風呂の湯の追い焚き準備を済ませ、冷蔵庫から水を取り出す。コップに注ぎソファーに行くと、辰馬がじとりとりょうを見上げた。
「いつまで週末婚みたいなことしゆう?」
みたいなというより、週末婚そのままだとりょうは思った。
世間の目から隠れるように、去年のりょうの誕生日に入籍をした。
学校にも親友にも言っていない。言えば二人とも学校にはいられない。
知っているのは互いの家族だけだった。すんなり認めてもらえたわけではない。最後は辰馬の熱意がすべてだった。
秘密の恋は、行き着くべきところへ行き着いた。回り道はせず、最短距離を進んだ。
あらゆる障害物をひょいひょいと乗り越えて見せたのは、辰馬ならではの器量だ。りょうは呆気に取られて見守るしかなかった。
本当に嫌ならば、りょうの性格なら辰馬を張り倒してでも逃げただろう。
しかし彼女は逃げなかった。
いつも家族の前に立ち、先頭を歩いていた彼女が初めて誰かの背中を見て歩いた。身を委ねるとはこういうことなのだと思った。
リスクが大きいことも理解している。だが後悔はしていない。
生活は変わったが、りょうが卒業するまでは隠し通さねばならない。そのための週末婚だった。
平日は実家から学校へ行き、金曜の夜から日曜までを辰馬のマンションで過ごす。平日の会瀬も辰馬のマンションで、週に二回までとルールを決めた。
決めたのはりょうだが、辰馬も承知したはずだ。実際にこの一年、男の口から不満を聞いたことはない。
りょうは水をテーブルに置き、夫の前に跪いた。
「卒業するまでの約束でしょ」
「あと八ヶ月もあるぜよ〜」
「たった八ヶ月じゃない。折り返し過ぎてるのよ?」
「我慢ならんのじゃ!」
ガバリと跳ね起きた辰馬は、唇を尖らせている。こんな拗ね方は珍しい。
りょうは男を見据えた。
「飲み会で何かあったのね?」
「…………」
「何言われたの?」
「…………、金八が」
思い出して、辰馬は眉をひそめた。
「のろけるんじゃ」
「……は?」
「わしものろけたい」
「え、ちょっと待って、銀八先生?」
「りょうはわしの奥さんじゃ!」
「先生は何て言「言いふらしたいぜよォォォ!!」」
辰馬が覆い被さってきて、りょうはフローリングに押し倒された。
退きなさい!ともがくが、無駄なことだと経験で知っている。すぐに諦めた。
倒れるときに頭を打ち付けないように、男はしっかりと手で守ってくれている。不覚にもりょうは、そんなところにときめいてしまう。同時に、その用意周到さが憎らしい。
諦めたところに唇が降りてくる。ゆっくりと舌を差し込まれると、少しだけアルコールの味がした。

追い焚きを終える電子音がして、りょうは男の背中を叩く。
「お風呂…」
「よし、続きは風呂のあとじゃ!」
まるで踊るように、ぽんぽんと服を脱ぎ歩く辰馬を止める術はない。男は脱衣室に辿り着くまでに素っ裸になっている。
「コルアァァ!!」
遅ればせながら巻き舌で一喝するが、男はすまんのぅ〜と反省の欠片もない口調で風呂場に逃げ込む。
りょうは実家の弟を思い出した。思わず頭を抱える。いや、弟の方が大人だ。
「アイツ、ほんとに良いとこのボンボン?」
顔をしかめながら、りょうは夫のパンツを拾い上げた。


りょうは親友の恋を想う。
自分たちはあまりにも似ている。育った環境も、身長も、恋をする相手までも。
理由などない。ただ彼女を大切に想った。



親友が誕生日にくれた手編みのサマーニットのワンピースは、淡い黄色のグラデーションが綺麗だった。ポイントに施された緑と橙の編み込みが華やかな印象を与える。
鏡の前で、りょうはくるくると回った。はにかみながら舞う妻を見て、辰馬はフローリングにどっかりと座った。胡座をかき、頬杖をついて見つめる。
「妙ちゃんは、まっことりょうが好きなんじゃのぅ」
りょうはぴたりと足を止めた。
「なに、いきなり」
「おまんを良う知っとるき」
辰馬は歯を見せてにっこりと微笑む。
「タンポポみたいで可愛いぜよ」




20120529 miyako
どんだけ、りょう→→→←妙なの。
エセ土佐弁ですみません。
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