第1コルダ室

□エレジー
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教室の窓から見える四角い空は、どれも梅雨独特のどんよりとした厚い雲に覆われてしばしば思考を停止させる。
窓際、一番後ろの特等席で火原は頬杖をつきながらぼんやりと濁った空を眺めていた。

胸によぎるのは…昨日の彼女の演奏――

昨日は3回目のセレクションだった…。




「学内コンクールが行われる。」

それを知った時は「へぇ、そんなのあるんだ。楽しそう。」くらいの気持ちしか持ち得なかった。
ところが、自分も参加者に選ばれたと知り、初めてトランペットの音を知ったあの時のように胸が高鳴り、漠然とした高揚感がじわじわと火原をおそった。

(やったぁ。楽しみだなぁ。何を弾こうか。…どうしよう、すっげわくわくしてきた!!)
入学以来の親友柚木も同じく参加者だという事が更に彼の心を躍らせた。


音楽一家のサラブレットとして有名な月森、
そしてクラスの女子が
「天使が入学してきた」
と騒いでいた一年生の志水。
もう一人の一年生、冬海については生憎予備知識は無かったが、彼には何の問題も無かった。


そして…


『 日野 香穂子 』


今回のコンクールには普通科からも参加者が
いる。


それが異例である事はレイトスターターの火原にはピンとこなかったが、周囲の反応の大きさによって、なんとなくそれを理解した。


『音楽科』と『普通科』


そんなに違うものだろうか。
同じ学校に通い、年齢も近い。
夢中になれるもの、
選び取ったものの違いこそあれ、人間的にはなんら変わりはないだろう。
そう思っていた。
事実彼は、昼休みには普通科の友人らとスポーツし、見かけたら声をかけ、遊びにだって行く。知り合い、友人と沢山いたが、一度も普通科だ音楽科だという色目で計った事は無かった。

いつだったか柚木に
「どうしてみんな普通科ぁ、とか音楽科ぁってこだわるんだろう?」
と聞いてみた事があった。
彼はいつもながらの落ち着いた口調で
「音楽科と普通科ではカリキュラムも違うし、学内行事なんかも分かれている事が多いからね。接する機会が極端に少ない。校舎も離れているし…お互いを知り得る機会が皆無に等しいからなんじゃないかな?悲しい事だけどね。」
と言ったのを火原は頷きながら聞いたものだ。


(そんなものなのかな?)


漠然とした疑問は消えなかったが、日々の生活が彼をそこから遠ざけた。


「自分が楽しいのだからそれでいい」


意識的にそう思ってはいなかったにせよ、どこかにそんな想いはあったのかもしれない。



『いかに毎日を楽しく過ごすか』



それが火原の最優先事項だった。









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