頂き物

□sunflower=serenade
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sunflower=serenade 1


うだるような夏の日だった。

ディーノはうなじにかかる金の髪を後ろで雑に結い、サングラス越しに前方を睨みながら愛車のハンドルに肘を掛けていた。
蝉の合唱はしつこいくらいだ。
クーラーを存分に効かせた車内でも、気が重くなるほど暑さに参っていた。

もう何度目になるのか、舌打ちを鳴らす。
カーナビを睨む。
他人事で交通情報をぺらぺら話し続けている音量を下げた。
いっこうに進み出しそうにない車は、今、見事に渋滞の真っ只中だ。

「夕方になっちまうぞ」

言えば、助手席で軽く睡眠を取っていた恋人が瞼を開けた。
欠伸をひとつ。
そしてゆったりとシートに背を委ね直しながら、膝の上にいるスポンジスッポンの顎を指先で撫でる。
甲羅の上には黄色い小鳥だ。

「お腹すいた」

ぎゅるぎゅると派手に鳴る腹時計の音。

「この近くに蕎麦屋があるんだけど」

「でも、もう少しで着くぜ?」

今回のディーノの来日は仕事上の用事で、雲雀と連れ立って出掛けた本日は、帰国前の一日のみのオフだった。
明日の昼には日本を発つ。
今日は部下も皆オフだ。

ここぞとばかりに恋人を連れ出した先は、海。
朝早くから雲雀家へ向かい、彼を愛車に乗せて向かった。

雲雀は珍しく、文句一つ零さなかった。
機嫌すら上々だった。
もしかしたら、彼は今回のディーノの来日が仕事の都合だと知っていたから、共に過ごせる時間が嬉しかったのかもしれなかった。
無論、そんなことはチラとも言わないが。

しかしその目的地に到着する前に渋滞に巻き込まれてしまい、今に至る。
時刻は正午を過ぎ、もう日は軽く傾き始めていた。
海へと向かう前にいくつか寄り道をしたことも手伝い、本当にもう夕方になってしまいそうだ。

「この交差点を左」

並盛の覇者であるからこそ、地図は脳内に全てインプットされている。
雲雀は蕎麦屋を諦めない。

「んー…でも、恭弥と海行きてぇ」

ディーノも海を諦めない。
点滅させた右側のウインカーを消そうとはしない。

このやり取りも、今に始まったことではなかった。
雲雀は何かにつけ、ここを右に行けばレストランがあるよとか、ここを左に行けば餃子屋があるよとか、運転席のディーノに方向転換を勧めた。
ただ空腹を満たしたいだけだろう。
しかし。
「恭弥は海行きたくねぇの?」

と、拗ねた表情を向けてみる。
我ながら大人げない。
雲雀は嘆息した。

「行きたくないならついて来てない」

分かってる。
分かってるのだが。

「さっきから、食い物の店行きたがってばっかりじゃねぇか」

「お腹すいてるんだから当たり前だろ」

ディーノも空腹を感じていないわけではない。
しかし、こちらは食欲もおざなりにしてでも海で恋人と過ごしたいわけで。

泳ぐことが目的なのではない。
ただ日常から離れ、あの開放的な場所で2人きりになりたいだけだ。

「お腹すいてたら、何もする気にならない」

雲雀は言い、窓の外を見遣った。

「ほんと、おまえって動物みてぇ」

「ふぅん」

「猫みてぇだ」

からかうように言えば、雲雀はディーノを振り向き、両目をすがめた。
そして、不敵に微笑んで。

「そんな僕が好きなんだろ」

そう、聞くに珍しいような言葉を言ってくるものだから、ディーノ側も落ち着いてなどいられなくなって。

「好き。すげぇ好き」

ハンドルに手をついて上体を捻り、肉薄な唇に口づけた。

2人とも瞼を下ろす。
雲雀の手が伸びてきて、ディーノの後頭部を引き寄せるように撫で下ろしていく。
互いの柔肉を食むように重ね合わせるが、例の如くそれだけでは足りなくなり、舌を滑り込ませた。

「…ん、…っ」

熱い声吐が鼻から抜ける。
舌を絡ませ、唾液を流し込む。
小さく流しておいた交通情報をディーノが片手で消すと、車内には口元から鳴る水音が響き渡った。

いったん離れれば雲雀が追いかけてきて、またすぐに唇を重ねる状況になった。
火照った頬を撫でる。
怖ず怖ずと侵入してきた雲雀の舌は、もう相当な体温。

今更止められそうにない行為に無理矢理に歯止めをかけ、ディーノは雲雀の唇のすぐ傍で話した。

「なぁ、この近くにさ…」

欲情を隠し切れていない声色で。

「ホテルとか、ねぇの」

雲雀はハシバミ色から目を反らすと、コクンと唾を飲み込んだ。
そしてディーノを見上げ、再びその唇を求めて顎を上げながら、呟く。

「…この交差点を、直進して」

「うん」

「二つ目の角を右に、……っん」

二人の望む進む方向が、やっと合致した。


* * *


海沿いのホテルだった。
いわゆる男女同伴が対象のそれではないが、造りは清涼で、バルコニーからは180度に渡って大海原が臨める快適な建物だ。
ツインベッドのスイートルームに入ったものの、実際ベッドは1つしか必要ない。

夏の宵のひやりとした微風が薄手のカーテンを揺らしながら、部屋の温度を下げていった。
外はもう暗い。
水平線近くには星も煌めいている。
その大窓の傍の寝台。
ベッドサイドのライトに照らされ、一糸も纏わぬ雲雀の肢体はいっそう滑らかに見えた。

「…ぁ…ん、…っん」

ゆっくりと腰を揺らすディーノの動きに合わせるように、すぐ耳元で雲雀の微かな声が漏れる。
手の甲で押さえられた口元。
覆いかぶさるディーノから顔を反らし、雲雀は目を伏せている。

「気持ちいい?恭弥…」

「ん…」

切なげに寄せられた眉根に口づけ、前髪の上がった額にも唇を落とした。
普段なら目の下まで下りた黒艶の前髪。
汗の滲む額が露わになったところを近距離で正面から見ることが出来るのは、おそらくディーノくらいであろう。

瞼が上がり、濁りない黒目がディーノを見上げる。
快楽に酔った表情。
白い首元にいくつか散りばめた朱は、さらに気分の昂揚を煽るようで。

「も…あつ、い」

「ん、オレも…すっげあつい」

雲雀はディーノの背に腕を回した。

「ん…っ、ディーノ…」

微かに耳をくすぐる波の音も。
冷え込んできた夏の宵の冷風の中で、直に重なり合う肌の温度も。とても心地良い。
耳殻を食み、ディーノはゆっくりと律動を続ける。

「は…ぁ、ん…」

「激しくないのも、いいだろ?」

艶やかな微笑みを降らせるディーノの言う通り、今宵のセックスは互いを貪るような荒いそれではなかった。
この熱にとろけ出してしまいそうなそれ。
この濃厚な時間をじっくり堪能するような。
普段より余裕のある行為の中で、雲雀にはひとつ、思うことがあって。

「…向日葵みたいだ」

何がだ?と、聞き返す。
蜂蜜色の瞳にかかる金色の前髪に触れ、雲雀は両の口角を持ち上げた。

「あなたが。向日葵みたい」

と言って雲雀が指差す方を振り向けば、部屋の壁に大きな向日葵が飾ってあった。
それは彼の視界の中でディーノと重なって、日輪のようで。
気に障るくらいの眩しさも、配色的にも、その向日葵とディーノは確かに似通っている。
くすりと笑い、雲雀の額に軽く口づける。
そしてディーノは柔らかく雲雀の肩を抱き込めると、そっと言葉を落とした。

「恭弥がいれば、咲いていられる」

それは確かにあの花のように。
雲雀の中で眩しく、手を伸ばしたくなるような、太陽みたいに大きな存在だった。



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