蒼空の光
□プロローグ
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照明が全て消された室内に、モニター画面から放たれる青い光がその場にいる者たちを照らし、不気味に浮かびあがらせている。
石神は、この1時間の間でもう何度目か、神経質そうに眼鏡の位置を直す。
石神の機嫌の悪さの理由は、2つある。
ひとつは、捜査に行かせた黒澤からの連絡がまだ何もないこと。
もう2時間以上、スピーカーは沈黙したままだ。
(まだ見つけられないのか!?)
強く握った拳を、音を立てないように机に押しつける。
その様子を、部屋の奥から眺めている冷たい双眸がある。
石神の機嫌を悪くさせているもうひとつの原因が、そこにいる。
まるで女王のような風格の美しい女が、美しく足を組んで座っている。
大倉管理官と共にこの部屋に入ってきてから、まだ一言も発していない。
その女の左胸に、議員バッジが鈍く光る。
国家安全保障担当総理補佐官、君嶋麗子。
平泉政権になり、それまで党内で役職に着いた経歴もなかったにも関わらず総理補佐官に抜擢された。
父親は元外務大臣で3年前に亡くなった、君嶋凛太郎。
平泉現総理大臣の盟友で、君嶋外務大臣亡き後を平泉龍一郎が外務大臣を引き継ぎ、平泉大臣は内閣総理大臣となった。
その父親の七光りで今の役職に着いた、と考えている者が多くいる。
(こんな女が、何故この場にいる!?)
石神はまた、忌々しげに眼鏡の位置を直す。
その時。
『発見しました!』
スピーカーから黒澤の緊迫した声が響く。
「確かか!?」
椅子から立ち上がりながらマイクを掴み、石神が問いただす。
『確認とれました!3本の容器に1gずつ、計3gです!』
室内がざわつく。
「3gの炭疽菌…1千万人の致死量か」
大倉管理官の呟きが室内に響く。
管理官の声が続く。
「後藤に指示。直ちに放せ」
石神は固く瞳を閉じ、拳を1回強く握ってから無線機を掴む。
「…直ちに釈放せよ」
『石神さん!』
「………」
後藤の声に、石神は目を伏せる。
『………釈放後、追尾します』
「だめよ!」
いつの間にか後ろにいた君嶋麗子に無線機を奪われる。
「発見された炭疽菌が全てかどうかわからないでしょう!?」
『しかし!このまま…』
「勝手に尾行して気づかれたら国民が危険に晒されかねないのよ!?貴方、そうなったら責任どうとるつもり!?」
『………』
スピーカーの向こうの後藤が沈黙する。
今の麗子の台詞に漂う素人臭さに、石神は感情を押し殺して鼻梁の眼鏡を持ち上げる。
「あたくしが、内閣の一任を受けて今ここにいることをお忘れなく」
勝ち誇ったような麗子の声に、見られないように歯を食いしばる。
「指示を」
眉を上げながら、麗子が無線機を管理官に向けて差し出す。
大倉管理官は忌々しそうに無線機を受け取ると、一呼吸おいてマイクに向かって静かに口を開く。
「…釈放だ」
『管理官!こいつはテロリストですよ!?』
「何度も言わせるな!」