蒼空の光

□暗雲
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「ストップ、ストップ!」

玲子の声に、芙美子は指を鍵盤から離す。

「やっぱり、まだ全体的に内声が弱いのよね」

芙美子の横に立ち、楽譜をゆっくりと捲る。

「次までにアルトのパート、歌いながら弾けるようにね、全部」

「ぜ、全部!?」

思わず上がった芙美子の声に、玲子は華やかな笑顔で答える。

「当たり前でしょ?アナタ、暗譜しないでステージに上がるつもりだったの?」

目だけが真剣になる玲子から目を逸らし、俯くしかない芙美子。

「が…がんばり…ます」

そんな芙美子にフッと笑いを漏らし、静かに楽譜を閉じる。

「私が、できない子に不可能な課題なんか出さないって知ってるでしょう?」

芙美子は顔を上げて玲子と目が合うと、笑顔を見せる。

玲子は芙美子のピアノを高く評価してくれている。

玲子の教え方はいつも、目の前のすぐに手が届きそうな位置に目標をぶら下げ、芙美子が届きそうになると、スッと次の目標に吊り上げる。

何度も何度も、その繰り返し。

それがキツく思うことは何度もあったが、自分が成長していることは自分でわかる。

玲子のおかげで、自分が今ここでこうしてピアノを弾いていられると、わかっている。

「がんばります!」

笑顔を向ける芙美子に、玲子は一度だけ大きく頷く。

「さぁさぁ、お茶にしましょう」

ちょうどそこへ、進藤の母親がトレイに紅茶と手作りのザッハトルテを載せて入ってきた。

「まぁ、なんて素敵なタイミング!」

玲子の言葉に微笑む進藤の母は、レッスンが終わりそうな気配をドアに張りついて窺っていたことは、言わない。

「玲子先生にわざわざうちまで来ていただいて、すみませんねぇ」

「いいえぇ。私こそ、噂の進藤君のお宅にお邪魔できて嬉しいですわぁ」

すっかり芙美子の母親気分の進藤の母に、玲子も笑顔で答える。

「それに、雅子さんとこんなに仲良くなれるなんて〜♪」

「あらぁ、それは私のセリフよ〜♪」

ホホホと笑い合う2人を見て、芙美子は笑いを抑えきれない。

この2人は、今日が初対面だ。

「…で?初めてお父さんと一緒にお出かけした感想は?」

玲子が、生クリームをたっぷりのせたザッハトルテを口に運びながら、芙美子に話を向ける。

先週、初めて総理と一緒に大学のコンサートを聴きに行き、初めて総理を父親だと実感した。

あの感動を思い出すと、思わず口元がほころぶ。

「なるほどね」

フォークを口から離しながら、玲子もニッと笑う。

「わかった?あなたのお母さんが、どうしてお父さんを好きになったのか」

「…はい」

「いい笑顔ねぇ」

ティーカップに口をつけながら、雅子はホクホクと微笑む。
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