□密やかな決意
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「進藤…」

桜を見つめたまま、硬い表情で佐野が口を開く。

「次のコンサート、バイオリン協奏曲にしようと思ってる」

「………」

進藤の表情がわずかに曇る。

「当然、ソロはお前で…」

「…無理だよ」

佐野を遮り、ため息をつきながら目を逸らして吐き捨てる。

「無理ってなんだよ!?やる前から決めつけるな!そういうの俺が嫌いだって知ってんだろ!?」

自分と向かい合おうとする佐野に背中を向ける。

進藤の背中で、結んだ髪の先が揺れる。

「進藤!」

「無理だって!」

頑なに声を強める進藤の背中を、佐野が悔しそうに見つめる。

練習室の扉が開いて、石井が笑顔で入ってきたが、入口で二人の空気を感じて表情が強ばる。

石井が戻ったことに二人同時に気づき、笑顔を向ける。

「おかえり」

我ながらおかしな言葉をかけたと思ったが、今は佐野と喧嘩なんかしたくなかった。

喧嘩にならないために、石井に声をかけた。

「待っていただいててすみません」

「帰ろう」

佐野の怒りを抑えた声に、胸がズキンと痛む。

「また明日ね」

どちらにともなく声をかける。

石井は笑顔を返したが、佐野は背中を向けたまま立ち止まる。

「…協奏曲は演るからな…お前で」

そのまま振り返らずに石井を連れて出ていく佐野に、進藤は何も返せなかった。

(今の僕にソロなんか………無理だ)

佐野と石井が出て行ったドアを見つめながら、心の中で呟く。



まるで、一分一秒でも早くこの場から離れたいかのように足早に歩く佐野を、石井は早歩きで追いかける。

自分が席を外した少しの間に、あんなに仲の良さそうだった二人に何があったのか…。

知りたい気持ちはあったが、今日知り合ったばかりの自分に踏み込んでいい領域ではないように感じて、何も聞けないまま足を動かし続ける。

突然、佐野が立ち止まり、石井を振り返る。

「さっきはごめん」

いきなり謝られて、石井も驚いて足を止める。

「あの…」

「ちょっと…雰囲気悪かっただろ………何でもないんだ」

何でもない割に元気のない佐野を見つめる。

「あいつ、ちょっと頑固になってて…」

口を引き結ぶ佐野に、そっと口を開く。

「…何か、あったんですか?」

「………昨日今日ってわけじゃないんだ」

沈黙の後、佐野が思い切ったように、進藤と芙美子のことを語り始めた。

「今日初対面なのに、いきなりこんな話してごめん。でも、なんか…黙ってられなくて…」

石井には、誰よりも大切にしていた人を亡くした進藤の気持ちが、他人事とは思えなかった。

「わかります…」

小さく答えた石井の声は、佐野には風の音に紛れて届かなかった。
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