蒼空の光
□絆
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車は桂木の言った通り、コンサート開始の30分前に大学に到着した。
コンサートが行われる講堂の前に、学長が数人の人と一緒に車を迎える。
車が停止する直前に助手席から桂木が降り、停止したのを確認してから後部座席のドアを開ける。
秘書官に続いて総理が降り立ち、学長たちと握手をしながら一言二言言葉を交わす。
気後れしながらも芙美子も車から降りると、一言も話などしたことのない学長たちが、自分に笑顔を向けている。
総理が自分の娘だと紹介する。
芙美子は違和感を隠すために、深くお辞儀をした。
さらに二言三言話してから、学長が自分たちを席に案内するために歩き始める。
続く総理の後ろを顔を伏せがちに歩いていると、後ろから頭を小突かれて振り向く。
「昴さん…」
いつの間にか追いついた昴が、芙美子を見下ろしている。
「しゃんとして歩け。総理に恥かかせる気か?」
「あ…はい」
そうだ、今、自分は、現職の総理大臣の娘として扱われてるんだ。
違和感を堪え、芙美子は顔を上げて背筋を伸ばした。
そんな自分を見て、昴が満足気に小さく頷いたことには、気が回らない。
2階の客席は、一般客や学生は立ち入り禁止になっていた。
学長が階段の手前に張られたロープのポールを動かし、総理たちを招く。
最後尾の海司がポールを戻す。
階段を上がり、2階席の入口の扉が開かれ、最前列に案内される。
中央のブロックの真ん中に総理が腰かけ、右側に芙美子、左側に学長たちが座る。
昴は、先発で会場の検索と消毒をしていたそら、瑞貴と合流し、桂木たちと入口に立つ。
と、総理が昴を振り返る。
「一柳君、君もこちらに来たまえ」
「は?」
桂木の顔を見ると、昴に頷いてみせる。
「娘の警護をしてくれている、一柳君です」
昴が席の前に立つと、総理が昴を学長たちに紹介する。
「警視庁の一柳です」
丁寧に会釈してから、芙美子の隣に座る。
この客席からは、ステージ全体がよく見える。
思わず、コンサートマスターの席に目が向かう。
あの席に、進藤が着く…。
こみ上げる複雑な感情を押し込め、客席に目を向ける。
客席はまだまばらに席が埋まっているが、後から人がどんどん増えていっている。
開演10分前には、空席はなくなった。
左側から、総理が学長たちと話す控えめな声が聞こえる。
芙美子を見ると、浮かない表情でぼんやりとステージを眺めているようだ。
インカムに小さな雑音が入ったと同時に、そらの軽薄な声が聞こえてくる。
『今日の芙美子ちゃん、超可愛いっすね。昴さん、い〜な〜。芙美子ちゃんの隣にいられて』
眉間に深い皺を刻みながら、芙美子に聞こえないよう、身体を少し芙美子から背けて袖口のマイクのスイッチを入れる。
「下らねぇこと言ってないで、警護に集中しろ」
『はいは〜い』
「そら…!」
『は〜い』
通信が切れると同時に、開演のベルが鳴った。