文【K】

□夏が来ない
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少し身体を動かしただけでも汗ばむ気温の中で、いつまでもブレザーに長ジャージで過ごすのは流石に不審がられた。暑くないとか言って、汗をかかないようにその場しのぎをする毎日が億劫で。
気を利かせているつもりなのかちょくちょく祐希が冷えピタやアイスノンを差し出してきたり、大好きなアイスをくれたりもした。でも、当の本人が半袖でいることに関しては感心しない。



いつかの8月。

夏休みに入ってくれたのは学校にはバレずに済むという安心と引き換えに、家にいる時間が長くなって父さんと母さんにバレるんじゃないかという問題で心配は尽きない。
サマーニットが流行ってる、なんて嘘をついて肌を極力出さないようにした。

相変わらず祐希の性癖はエスカレートしていて、見える所も平気で傷付けるのが当たり前になってた。

傷だらけになっていく身体を見て、初めは嫌だったオレも祐希に感化されて麻痺してきたんだろう。今では祐希が愛してくれている証拠に思えて愛着すら感じる、痛いのは好きじゃないけど祐希にされるのは気持ちいい。
それでも唯一、顔にだけは一切傷を付けなかった。整った顔に不釣り合いの傷が身体にあるのが綺麗だとか言ってたけど、それに関してだ
けオレは全く持って理解出来ない。



「ただいま」

「…プールに行ってきたの?」

帰ってきた祐希から塩素の匂いがした。
一日中エアコンの効いた部屋にいたから快適ではあったけど、人の目を気にせずに外で夏らしいことの一つくらいしたいなと思った。羨ましそうに見えたのだろうか、祐希は寄り添って話し始める。

「オレも悠太と海とか行きたいな。誰もいないところに二人で行こう?」

「いつ?」

「…いつか」

祐希がとても幸せそうに笑うからオレも自然と笑ってた。
少なくても、その夏までは一緒にいられるんだと考えたら苦にはならなかったから。

いつかの夏の日、オレは祐希と海に行く約束をした。





あの夏から、オレに夏は来なくなった。




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