文【K】

□夏が来ない
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向日葵は太陽をあんなに浴びて暑くはないのだろうか。

オレは、早く海に行きたいよ。約束したよね。





いつかの6月。

「あ…」

ノートで指を切った。うっすら開いた傷から、じわっと水滴みたいな血溜まりが何個かできて。

「…切れちゃった?」

「ティッシュ取って」

雨のせいもあって、珍しく家で一緒に勉強していた祐希が覗き込んできた。別に珍しいことでもないのにまじまじと見ていた。拭き取ろうと思ったんだけどティッシュは祐希の方にあって。

「…消毒してあげる」

「大袈裟だよ…」

ぼうっとしている祐希に頼むより自分で取った方が早いと思った瞬間、舐められた。指をしゃぶって何度も舌で撫でて味わってる。

「…興奮、してるの?」

「悠太の血、きれい…美味しいよ」

指を舐められただけで感じるオレも大概だけど、溶けた表情で上目遣いされると、完全にスイッチが入って。指を離させてキスをした、深く深く何度も角度を変えて。

母さんがキッチンで夕飯の支度をしてるから、バレないようにお互い手で抜きあったのを覚えてる。



いつかの7月。

あれから祐希の性癖が変わった気がする。
セックスの度に爪を立ててわざと出血さ
せてよがる。
初めはうっすら瘡蓋が出来る程度だったけど、最近は肉を抉る程でなかなか傷が治らない。背中やお尻、太もも辺りだから誰かに見られる心配はないけど。

今日は父さんも母さんも出掛けてるから、いつにも増して激しい。もう朝から何回してるんだろう、全てにおいて余裕がない。

エアコンを使わずに窓も締め切った状態でのセックスは、熱中症になるんじゃないかと命の危機さえ感じた。動けずに身体を投げ出していると、カチカチという聞き慣れない音に視線だけ向けて一瞬で我に返った。

「………何、するの…?祐希…?…やめ、…!やめてッ!!」

「深く切らないから。動いた方が危ないよ?」

祐希が言うことを聞かないのはわかってたけど、咄嗟に出た言葉はそれしかなかった。動かないようにしているつもりでも身体の震えが治まらない、無機質な刃が肉を割って滑っているであろう箇所が燃えるように熱くて奥歯を食いしばった。

掻き毟るだけじゃ物足りなくなった祐希は、遂にカッターを持ち出した。

「…持ち物には名前を書かないと」

左の二の腕に『ゆうき』と刻まれた傷は、まだ鮮血が滴ってて不気味だった。
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