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□君だけの騎士
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「むかしむかし あるところに とてもわがままなおうじょさまがいました。」
お父様がお土産に持って帰った外国の絵本は、彼女にとって刺激的なものだったらしい。
家庭教師の先生に習ったエヴィリオス語が役に立ったって喜んでいた。
鈴のような軽やかな声で、その絵本の内容を読み聞かせてくれた。
学校で、つまらない教科書を音読するときとは全く違って、嬉々としてそれを読んでいる彼女がとても可愛かった。

わがままな王女様が悪役としてやっつけられちゃう。そんな古典的な童話だったけど…
どうしてだろう…悪役の王女様が処刑されたことが何となくすっきりしなかった。
「僕が、王女様の隣にいたら…命を張ってでも守るのに…」

そう言うと、夢中で絵本を読んでいた鈴がこっちに振り返って首を傾げた。
「え?だって王女様は悪い人でしょ?」

だって、どんなに悪い人だって、その人を愛した人はいるんじゃないかな?
そう告げると、鈴は微笑んだ。

「じゃあ、連は私が悪い子でも守ってくれる?私だけの騎士になってくれる?」
「もちろん。僕が身代わりになってでも助けたいよ。」

鈴は、亜麻色の瞳が輝く顔を僕の頬に寄せると、鳥が啄むようなキスをした。

「連…大好き。」

その瞳とおそろいの髪色も、背丈も声も。
双子の姉弟な鈴と僕は、男女の差を差し引いてもそっくりだった。
でも、そんな君が誰にも変えられないほど好きだった。

「僕もだよ…」

寝る前に、御伽噺をっていうけれど。
僕は、お話を読むより愛しい人――家族や恋人にいてもらう方がいくらもいいと思う。
って言ってもお父様もお母様も家にいない時の方が多いから、大方一緒にいてくれるのは鈴だった。

そして、二人でじゃれ合って、一緒に眠る。
流れてゆく夜が何よりも心地よかった。

「鈴お嬢様、連坊ちゃん、お父様もお母様もお待ちよ?」

僕たちが本当に小さな頃から僕たちの身の回りの一切を見てくれている瑠香さんの声。
起こしてくれるのは今までと一緒だけど、ちょっと違う日常だった。
お父様とお母様はつい昨日帰ってきたばっかりだ。
二人とも帰ってきたときのはへとへとに疲れていた。

「鈴、連もおはよう。」
「まだ一緒のベッドで寝ているのか?相変わらず仲がいいな。」

中学の入学式以来初めて会うお父様とお母様。
鈴も瑠香さんもいるから寂しくはないけれど、子供と仕事どっちが大切なんだろうね…?

「そうそう。ちょっと鈴に話があるの。後で私のお部屋に来てくれるかしら?」

お母様がおもむろに鈴だけを呼び出した。どうしたんだろう?


ママのお部屋に入ったのも、二年ぶりだった。
ひらひらの天蓋が付いたダブルベッドに腰掛けて微笑を浮かべる彼女が、美しいながらも少し怖いと思った。

「鈴。突然で悪いんだけど、鏡音グループ主催のパーティに出てもらうわ。」
そう言うと、ママはテーブルにおいてある畳紙に包まれた着物を持ってきた。

「この日のために、お振り袖を仕立てたのよ?」

ママが持ってきた着物は、鮮やかな橙色でも派手すぎず。とっても綺麗だった。
綺麗な着物はうれしいけれど、少し不思議に思った。
普通、パーティならば私のお気に入りのマーメイドドレス辺りを着ていけばいい。
どうして、わざわざ振り袖を買ってまで着ていく必要があるとは思えないし。

「はいできた。」

振り袖を着付けていた瑠香さんが、帯をぽんと軽くたたいた。
そして、私の目をじっと見ては、口パクで「キ・ヲ・ツ・ケ・テ」と伝えた。
ただならぬ緊張感を感じたけれど、何についてえようとしたのか分からないままだった。


真っ赤なフェラーリは、昔からのママの愛車だった。
とは言ってもママ本人が運転するわけではない。
瑠香さんが運転する車に悠々乗ることを楽しんでいた。
昔から瑠香さんの運転はスムーズだけど、最近さらに磨きがかかって今日も流れるような運転だった。

一発で駐車を決めると、一足先に降りた瑠香さんは、私達が乗っている後部座席のドアを開けてくれた。
降りて建物の方を見ると、見上げるほどの高さ――39階建てのビルがかまえていた。

海を望む絶景。
小さなチャペルがあって結婚式もできる。

「超高級」と謳われる一流ホテルだった。

なんでこう、一晩の楽しみにお金をかけるかなぁ…?
一流財閥「鏡音」に生まれながら、お金持ちの気持ちが理解できなかった。

重そうなアンティークの扉を開けるドアマンも、入ったとたんの広すぎるフロントも、シャンデリアも螺旋階段も、
――全てが偽りの美しさに見えてきた。

パーティールームに入っても、その気持ちは変わらなかった。
パリッとしたスーツに身を包んだ男も、ひらひらのドレスに飾られた女も。
「由緒正しい」人たちばかり。
血筋、家柄、財産、世間体、そんな物に気にする人ばっかりだ。

ママに連れられて、席に座った。
すると、目の前には2,3歳年上だと思われる男の子が座っていた。
少し青みがかった黒いスーツと、そろいのクロスタイにパールのピンを刺していた。
人のこと言えないかもしれないけど、「服に着られた」感じだった。
化粧を塗りたくった。男の子の親を見てはっとした。

しまった。はめられた。――これは「お見合い」だ――と。

今時、お見合いで結婚する人も少数派だし、それにしても、一回会ったっきりで結婚が決められてしまうお見合いなんてそうそう無い。
でも、私達が生きる世界は「一般人」の世界じゃない。
財閥の未来のためなら子供を利用する事も厭わない。――政略結婚の世界だった。

「勇馬」と名乗った彼は、「山羽財閥」の御曹司らしい。
山羽というと、鏡音の御得意様。
断り切れなかったってわけか。

ようやく瑠香さんの言いたかったことが分かった。
そりゃあ、お金持ちと結婚して、一生安泰に暮らすのが夢の人もいるだろう。
でも私は、そんなことを望んでいない。
どんなにいい暮らしをしたって、愛する人とずっと一緒にいる幸せに替えられるわけないじゃない。

私とそっくりな亜麻色の髪と瞳のあの子を思い出す。
あの子と一緒にいられるだけでいい。
認められない愛でも、それでいい。
それだけで――幸せだから――。


「お父様…?鈴は何処へ?」
お昼になったので、僕が簡単なサンドイッチを作ってお父様と二人で食べた。
サンドイッチを食べるのでも、我が家ではナイフとフォークを使う。
僕も、小さい頃から使ってるから普通に使えるけど…お父様は、挟んでいる具が全くはみ出したりしない。
ずっと黙ったままで、華麗なナイフ裁きを披露していた。
昔から厳格なお父様だけど、今日はその雰囲気が増していた。

「連…よく聞きなさい。」
生唾を飲み込むと苦い味がした。
嫌な予感がした。これはやばい――と。

「今日のパーティーで鈴は見合いをする。一年以内には結納まで済ませる予定だ。」

昼間でも薄黒い森のそばの洋館。
電気も付けず、一人うずくまっていた。

いつかこんな日がくると思っていた。
所詮金持ちなんてそんな物だと。
鈴に婚約者かぁ…
認めたくない。認めたくない。
ほんとだったら、今すぐにでも会場に乗り込んで鈴を連れ出したかった。
でもそれだと、鈴の気持ちを無視することになる。
鈴を疑う訳じゃない。鈴は嫌がるに、断るに決まってる。

でももし、鈴が婚約を決めることで彼女が幸せなら、僕はどうするべきなのだろう?

僕は、彼女の夫となることも、子を授けることも法律上できない。
僕と一生一緒にいて、鈴は幸せ?
少なくとも、僕には何にも替えがたい幸せだった。

彼女が、自分の答えを出すまで僕はここで待つ。
鈴が僕を選んでくれたなら、僕は命を懸けてでも君を守ろう。

――そう決めたから――

少し涙目になったのを、クッションに押さえつけて我慢した。
僕が泣いていてどうするんだ。
僕がヘタレてちゃ、君だけの騎士になれっこないだろ?


ここは…何処?
少なくとも日本じゃない町並み。
目の前の機械は…ギロチン?
騒ぐ人々。
手に付けられたのは手錠。

重いドレス。

泣いているのは鈴とそっくりな少女。

貴方は…だれ?
…僕?

(僕はアレン)

(君の昔の姿。)
僕の?

(君もリリアンヌもさすがに記憶は失ってるけどね…)
リリ…アンヌ?

(リリアンヌの生まれ変わりも君のそばにいるはずさ)
…鈴?

(そう…守ってあげるんだよ?僕の可愛い姉弟なんだから)

ばさっ…

眼が覚めると、僕はいつものベッドの上だった。
僕は寝てしまっていた…?
じゃああれは夢?

リアルすぎる夢をみたような、狐に摘まれたような…。

外はもう夕方で、ずっと寝ていたらしい。
鈴は、いつになったら帰ってくるんだろう?

結局、鈴が帰って来たのはすでに闇が世を包んでからだった。

帰って来るなり、鈴はお父様の部屋に向かう。
これはまずい――と思った。
鈴は頑固で気が強い。それだけにお父様との反発はひどいものになる。
予想通り、部屋からは大きな声が聞こえてきた。

ドアの隙間から、漏れ聞こえる声から、様子をうかがっていた。

「何でこんなことするの?私まだ14歳だよ!?」
「14歳は十分大人だ。自分のするべき事も分かっているはずだ。」
「婚約なんて絶対しないから!」
「鏡音グループのためだ。我慢しろ。」
「娘と鏡音どっちが大事なの!?」

「…お前に…わかるものか…」

お父様が手を振り上げた。…いけないっ!
ドアを蹴り開け、鈴とお父様の間に立ちふさがる。

「バシッ」

乾いた音が部屋に響いた。
平手を打たれた頬がひりひりと痛む。

「…ちょうどいい…連。お前からも…」

目の前の男の驚いた顔は一瞬で。
謝ることもなく続けた。

「もういいだろ?鈴は嫌がっているんだ。」
「そうだよ…!私達はずっと二人一緒にいるの!!」

「馬鹿者…姉弟がずっと一緒にいられる物か…いつか結婚してバラバラになるんだ」

「パパなんて大嫌い!何も分かってくれないのに!」
鈴は、走り去ってしまった。

僕も出ようとすると、お父様は「すまない」と一言だけつぶやいた。

鈴の部屋に行くと、電気は消されて真っ暗だった。
「鈴…?寝てるの?」
「連…?」

「鈴。君がお見合いをするって聞いて、僕は心が痛んだんだ。」

――君が他の男のものになるなんて許せなかった。
――でも君が、将来結婚して家庭を持つのを望むなら引き下がろうとも思ってたんだ
――僕が相手じゃ、法律で結婚することも、子を授ける事もできないからね。

「君の気持ちが分かったから。僕はもう決めた。」
 
――君を「恋人として」愛すよ…


「連!大好き。」





前々から我が子を、鏡音グループを継がせるにふさわしい状況にしようと考えていた。
だからきついことも行ってきた。
親として当然だと思って、見合いだって手配したんだ。
でも、大きく成長した我が子を見て。若かりし頃の自分を思い出した。

「何処の馬の骨とも分からない奴に、娘はやれん!」
あのとき自分を怒鳴りつけていたのは、先代、鏡音の頂点にいた男だった。
鏡音の血を引いていたのは私ではなく妻。――蘭だった。

たまたま同じ図書館で、同じ本を借りようとしたのがきっかけで蘭と仲を深めた。
19の時、蘭が子を授かった。
それから、蘭の父親に挨拶に行ったが、認めてもらうには相当の苦労と時間がかかった。
ようやく入籍と挙式を済ませ、蘭が双子を出産したのは、わずか20歳の時。

世間の目は冷たかったけれど、こうして今は幸せだ。
苦労はたくさんあっても、蘭と結婚できて。何よりも幸せ。

眼が覚めた。
私は、あの子達の。幸せを奪い取ろうとしていた。
「人を本気で愛す」幸せを。


長い長い夜が明け、希望の朝が来た。
気難し屋の父親は、こういうだろう。
「お前達の好きにするといい。お互い護っておやり」と
その様子を見て、35になる若母は、にっこりと微笑むだろう。
彼女もまた、二人の成長を見て目覚めた者だった。
そして、二人の成長を誰よりも見てきた若い使用人は、鼻歌を歌いながら朝食を作るだろう。

家族みんながそろう二日目の休日の朝は、のんびりと過ぎていった。
真に愛し合う者達は、両親の変化に唖然していた。

だけど、もう、悩むこともない。

柔らかな木漏れ日の射し込む書斎で、絵本を開いたまま眠りに落ちる片割れを見つけた騎士は、
その柔らかな髪に唇を落として微笑んだ。

ソノ本ノ名ハ…ア
       ド
       レ
       サ
       ン
       ヌ…

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