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□聖ミカエルのご加護
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柔らかな日差しが射し込む朝。
鏡音邸の広い庭では、美しい木の葉が緑に輝き、鳥のさえずりが聞こえる。
天蓋付きの広いベットで、穏やかな顔をして双子は眠っていた。
この鏡音邸は、小さな主である双子と、彼らに住み込みでかいがいしく世話を焼く使用人。
そして偶にしか帰ってこない両親それぞれに広い部屋が与えられているが、それでも大量に個室が余るほど、広かった。
それにもかかわらず、双子はいつも同じベットで眠りに付くのが習慣になっていた。

1階のキッチンでは、おいしそうな朝食の香りが漂っていた。
「お嬢様!坊ちゃま!朝ご飯ですよ?…ってあれ?まだ寝てる。」
長い髪を後ろにまとめ上げて、割烹着を着た瑠香は鈴の部屋の扉を軽くノックして開いた。
「起きないと遅刻でしょ。この時間。」
寝起きが悪い鈴にがっちりホールドされている連は、目をぱちりと開け時計をみた。
「うわぁぁぁぁああああ!りん!鈴!?起きてっ!!」
未だに連から抱きついて離れない鈴をゆさゆさと揺さぶる連。
「ふにゃあ〜?ブリオッシュかなぁ〜?でもおなかいっぱいだもん…」
「何それ!?もしかして寝ぼけてる!?」
掻き込むように、瑠香特製のベーグルとベーコンと野菜のスープを飲み下し、身支度を調えて家を飛び出した。
仲良く手を繋いで駆けていく二人を見て、瑠香は苦笑する。
「こんな時くらい車で送るのに…。相変わらずねぇ。」

二人の通う中学は、近場の駅から5駅分電車に乗った所にある。
鏡音が経営する、イイトコロの子供を集めた私立中学だ。
そうともなると、自家用車で登校する生徒が飛び抜けて多い。
お手伝いや専属運転手に送らせるからだ。
それでも、二人が電車で通うのは訳があった。
二人で手を繋いで登校する時間が幸せで、その時間が少しでも長く続いてほしいから。
ただ、そのことは彼らの心配性な両親にはないしょだ。

駅のホームを駆け抜ける。
もう電車は来ている。
「駆け込み乗車は危険です。」
放送は耳に入っているけど、先生に怒られるよりずっとマシ。
二人の思いはいつも同じだった。
そんなとき…。
「きゃあ!」
女性のか細い悲鳴が上がる。
そしてドサドサっと何かが落ちる音。
そう。駅の構内にいた人にぶつかってしまった。
「「すっすみません!」」
とっさに手を離した二人は、見事に息を合わせて、謝罪の言葉を述べた。
顔を上げると、緑がかった髪を二つにまとめた、年の功が16歳位の女性が立っていた。
「あら。大丈夫だよ?」
謝る二人を、見て少し驚くも美しい微笑みは健在だった。
電車が発車した。学校は諦めた。

「未来…?どうしたの?」
後ろから、少し掠れた声が聞こえた。
「なに?柏。」
目の前の女性が返事をした。彼女は未来というらしい。
そして、次にやって来た白い髪の女性が「柏(ハク)」というらしい。
未来さんも十分目を引くけど、柏さんはそれ以上だった。
純白の髪に紅い目。日本人ではほとんど見ない特徴だ。
「柏さんって言うの〜?その髪綺麗ね!」
傍らの鈴が、無邪気な笑顔でこう告げると柏は白い頬を紅に染めて微笑んだ。
「…ありがとう。」

「これで全部ですか?」
未来さんにぶつかった時、ばらまいてしまった未来さんの教科書類を拾い集めて学生鞄に入れる。
「ええ。ありがとうね。じゃあ私はあの電車だから。」
僕たちが乗る電車と反対方向に向かう電車を指さすと、柏さんの手を引いて未来さんは去っていた。

「なぁあ〜にでれでれしてんの?こっちの電車ももうすぐ来るよ?」
明らかに不機嫌な様子の鈴。
あ〜あ。うん。嫉妬深いところも可愛いよ。僕の鈴。

不機嫌だったのもつかの間、電車に乗ってしばらくすると鈴の機嫌はすぐ直った。
「あの制服は聖ミカエル女子高等学校かな?さすがに可愛い制服だなぁ。」
聖ミカエルといえば、私立鏡音の女子が行きたがる高校NO1とか言われてたっけ?女子校で、キリスト教系だ。
「へ?あの未来さん達?」
「そ。聖ミカは確か、初音財閥の若き女社長が裏の実権を握ってるとからしいよ?オジョーサマ女子校って怖い。」
鈴が茶化すようにつぶやく。
僕は共学にいても女子が時々怖いけどね。
「ふぅん?でもその娘自体まだ学生でしょ?」
初音の社長ってたしか異国からの養子で、両親が死んだとたんに財産を受け継いで自社を急成長させた女学生って噂だ。
「うん。だから表面上は理事長のシスターが管理してるけど、実際に権力握ってんのは…確かミクとかいう娘で…。」
ミク…?なんか聞き覚えが…。
「あれ?」
「「もしかして…。」」
そうこうしているうちに、学校最寄りの駅に着いた。
駅から私立鏡音までは徒歩五分てところで着く。
そこを僕たちは全力疾走で三分くらいで走り抜けた。
ただし…門を超えたところで…。
「鏡音さん二人…あれほどぎりぎり登校はご遠慮くださいと申したはずですが…。」
門のすぐそばに立っていた通称「雪女」こと瑞樹先生に呼び止められる。
彼女は決して怒鳴ったりしない。
ただ…。怒ったら誰よりも怖い。
そこらの空気を凍り付かせる雰囲気が愛称の由来だ。
誤解を招きそうなので言っておくがいつもは優しい良い先生だ。…いつもは。

それ以降は、いつものような穏やかな日常だった。
クラスの友達に
「お前またぎりぎり登校だったよな!カノジョが寝かせてくれなかったんだろ!?」
「違いねぇ!お前綺麗な顔してるもんな」
とか茶化されはしたけど。当たらずとも遠からずだ。
みんなが待ちわびていたチャイムが鳴り、部活に通う生徒はいそいそと準備をしていた。
鈴が雑記帳を書き終わるのを待ち、僕たちは手を取り下校する。
僕ら二人は一度も部活に入ったことがない。
帰ったら帰ったで、僕は剣道、ピアノ、スイミング。鈴はバレエ、なぎなた、ピアノの習い事に日替わりで行き、その後に瑠香さんから

勉強を教えてもらうから全く時間がない。まあそんなでも鈴と一緒なら楽しいからいいんだ。

いつものように電車に乗ると、朝出会った二人組がいた。
「やっほー♪朝の可愛い男の子!!」
未来さんの茶化すような言葉にちょっとむっとした。
『可愛い』なんて言われて喜ぶものか!
「朝はごめんなさい。…それより未来さんってもしかしなくでも初音の…。」
冷静にそう返すも、鈴がどんどん不機嫌に…。
「あれ?ばれてた?そっちこそ鏡音の若きドンってかんじでしょ?」
「まだドンって決まった訳じゃないです。まだ父さんが社長だし。」
そう…とにこりと微笑んだ未来さん。
隣では、少し困った様子の柏さんが、おしとやかに座っていた。
「ところでそこの二人!どういう関係かなぁ〜?」
「へ!?」
一瞬言葉に詰まってしまった。
鏡音の子が双子だって言うのは一部では有名な話だ。
ましてや取引のある初音の社長なら知らないはずがない。
僕たちが仲むつまじい姉弟以上の関係である事がばれているのだろうか?
「はぐらかしでもだめだよ?女の勘をなめないで!」
あの…ここ電車内ですが。周囲の目が痛いですから大きな声は…。
「恋人なんでしょ?で…。ABC何処まで?」
「ちょ…未来やめなよ…。」
朗らかに話す未来を柏がたしなめる。
ABC…ってエヴィリオスの文字…な訳ないよなぁ。
あれだよなぁ。クラスの人が教えてくれた(むしろ勝手にしゃべった)奴だよなぁ。
それを普通電車の中で聞くかなぁ…。
「ねぇ…ABCってなに?」
ずっと頬をふくらませて話を聞いていた鈴が突然聞いてきた。
多分自分だけ話しについて行けてないのが不満だったんだろう。
「…う゛っ…もう!!未来さんその話また今度にしましょう?メルアド交換しますから。」
両親から持たされている携帯電話を取り出してアドレスを交換した。
初対面なのにここまでうち解けてしまうのも珍しいだろう。
同時に柏さんのため息もわずかに聞こえた。
「そう言えば行く時電車反対方向だったのにどうしたんです?」
「今日、学校早く終わったから柏とデートだよ!ちょっと有名なブリオッシュのお店へ行くの!」
「ちょっと…未来!?」
顔の横にピースサインをして見せた未来さんを柏が留めようとする。
ああ…なんか分かるこの感じ。女子校の女の子ってこんな子多そう。
女の子同士なのにデート!とかね。
「そう言えばお二人何処に住んでるの?」
いつの間にか機嫌が直った鈴が、親しげに二人に話しかけていた。
「ああ。ほら初音の家って有名でしょ?そこに二人で住んでるの。」
にこりと笑って答える未来さん。
柏さんの頬がわずかに赤らんでる気がした。
「二人?使用人とかは?」
「柏と二人っきりの方がいいから、メイドも執事も運転手もいないよ!」
それじゃあずいぶん大変じゃないかと聞くと、どうしても必要なときだけ一日契約で雇っているんだって。
でも女の子二人の同居に少し疑問を感じた。
「お二人仲良しなんですね。」
少し首を傾げて未来さんは答えた。
「うふふっ…そう見える?うれしいな。」
「未来…駅…次」
「あっそうだね。じゃあね。鏡音クン♪お姉ちゃんを大切にね。」

その言葉を最後、二人は電車を降りていった。
降りる途中、
「ねえ柏。今日の晩ご飯はミネストローネがいいな。」
「うん。」
という会話が少し聞こえた。
絡め合って繋いだ指が妙に目を引いた。

その二人を見届けて、鈴はいった。
「ふうん?初音の社長がねぇ…?」
なにか含み笑いをしていた。
「え…?何のこと?」
「女の勘をなめちゃいけないのよ。にしても連ってどんか〜ん♪」
「はぁ!?」
「まあいいわ!今日の夕食は瑠香さんのポトフらしいよ。」
鈴の言葉は気になったけど、ポトフは魅力的だ。
冬の料理のイメージがあるけど、夏のお野菜えお使ったら夏でもおいしく食べられる。
瑠香さんの手料理はとってもおいしい。

まもなく僕たちの降りる駅…。
両親が留守でも、僕たちは暖かい家族がある。

さあ

「 か え ろ う 」



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