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□一番のクスリ
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「ごめんなさいね。ちょっと事情があって、ルシフェニアに帰らないといけないんです。」
いつも僕たちのお世話をしてくれるお手伝いの瑠香さんは黒髪の純日本人の姿をしているけど、生まれ育ちは遙か西洋のエヴィリオス地方のルシフェニアという国らしい。
でも、それ以外の生い立ちがほとんど分かっていない。
家で働く条件に「よけいな詮索をしないでほしい」というのがあるらしい。
広い屋敷を一人で切り盛りする彼女の家事の腕前はなかなかのもので、屋敷内はいつもぴかぴか、ご飯はとても美味しい。
とても一人でできる仕事ではないのに、魔法のように片付けてしまう。
そんなことも含めてとても不思議な人だ。
「大丈夫!!料理も家事も僕がやるよ!」
「心配しないで大丈夫!あとお土産買ってきて!」
相変わらずちゃっかりお土産をねだった鈴に相づちをうつと、荷物をまとめて旅立っていた。

のんびりとした時間が流れる日曜日の朝。
黄色のチェック柄のエプロンを身につけると、腕まくりをしてご飯作りに精を出す。
今日の朝ご飯はご飯とみそ汁に焼き魚、なすの煮浸し。
ご飯は夕べの家にタイマーをかけておいた。焼き魚はあじの開きを焼くだけ。なすの煮浸しは瑠香さんが作って冷やしておいてくれた。
「…完璧。」
みそ汁を味見して濃さを加減すると、ついついにやけてしまう。
それで愛しの鈴を起こしに行けば…。
「鈴〜?ご飯できたよ!!」
「うぅ…。」
鈴の寝起きが悪いのはいつものことだけど、今日は少し様子が違っているようだった。
顔も赤いし、目がとろんとしている。
「鈴?調子悪い?」
鈴はけだるそうに目を開けると、掠れた声でいった。
「頭痛い。喉痛い。」
どう見ても風邪の症状だった。梅雨も明け、夏真っ盛りのこの季節。
風邪なんて……。
「ねえ…?昨日水のシャワー浴びたとか言ってなかったっけ?」
「だって暑かった。」
「その後、髪も乾かさずに窓全開にして寝たでしょ?」
「だって涼しかったから。」
僕は一緒に寝ていて寒かったんだけど、鈴はちょうど良いんだろうと思って僕が別の部屋に移った。
鈴を僕の部屋に残したまま、鈴の部屋で寝た。
抜かったなぁ…。あのとき窓閉めちゃえば良かったんだ。
ただでさえ膨大な電気を使う鏡音邸では、絶賛節電中。クーラーは控えている。
「…鈴が悪い。」
とはいえ病人を放っておくわけにも行かないので、おかゆでも作ってあげることにした。
おかゆといっても、すでに炊いてあるご飯を鍋に入れて粒が無くなるまで煮る簡単な物。
デザートにオレンジを用意した。
とりあえず鈴に先に食べてもらおう。
「鈴…。おかゆ作ったから食べて。」
「食べたくない。」
「食べないと良くなんないよ?」
「じゃあ食べさせてよ。」
なんかわざとやってるように思えてきた。
鈴ってば実は元気なんじゃないの?
スプーンで一口分すくうと、少し冷まして鈴の口元に運ぶ。
鈴はぱくりとくわえ込んで食べた。
オレンジも美味しそうに食べてたのでよしとしよう。
さてどうしよう。
今日は日曜日。ただの風邪だから、病院に連れて行くわけにもいかない。
風邪は家で治すもの。なんてのも聞いたことあるし、そっとしておこう。

ピロローピロローピロロロロ、ピロロ♪

携帯の、メール着信に設定している音楽が静かな部屋に響く。
僕の携帯だ。
二つ折りの携帯を開け、メールボックスを見ると未来さんからだった。
いろいろあって忘れてたけど、アドレスを交換してたんだった。
メールを開封すると絵文字がたくさん並んだ文面が目に入る。
『やっほ〜♪ちゃんと届いてるかな(?_?)元気してる?私は忙しいけどピンピンしてる(^^)』
ちょうど良い。鈴のこと、話してみようかな?
『ちょっと姉が風邪で体調崩してるんですよ。』
そう送ると、まもなく返事が返ってきた。
『そうなんだ( ̄▽ ̄;)!!じゃあお見舞いとか行っても良い?(._.?) 』
お見舞い。これは素直に嬉しかった。鈴もちょっとは元気になるかな?
『是非来てください。』
と打ち込むと、また数分もせずに返ってきた。
『本当に?じゃあお昼作って持って行くから待っててね!!鏡音邸に行けばいいんだよね?♪(*゚▽゚)_▽~~』
またまた可愛らしい顔文字が着いてきた。こういうのどう出すんだろう?

公園のスピーカーからお昼のチャイムが響く頃、未来さんと柏さんはは大きなバスケットを持ってやってきた。
「おじゃましま〜す!!」
食堂に来てもらって、差し入れのお昼を開けてみた。
バスケットの中には、まだ熱を持った深皿が四皿。
湯気を放つグラタンが盛りつけられていた。
「わあ!美味しそうですね。」
そう言うと、未来さんはとても嬉しそうに笑った。
「えへ♪私と柏とで作ったの!”私”と柏で!」
やけに『私』を強調した言い方だった。
「未来は…材料切っただけ。」
やっぱり…とか思ったことはさておいて。
「柏!それは言わないでよ。柏は昔から料理うまいんだからさ。」
「良かったらまた料理教えてあげる。でも未来には私の料理をずっと食べててほしいの。」
「当たり前だよ柏。死ぬまで柏の料理食べるよ?でもたまには私の料理も…」

………。
何この雰囲気。
僕の存在忘れてるでしょ?
え…僕の目の前では甘ったるいハグが行われています。
ここ僕の家なのに。
というかこの前からこの二人は何なんだろう?

「あの…二人はどういう関係なんですか?」
「「強いて言えば…恋人?」」

未来さんは堂々と。柏さんはかなり恥ずかしそうだった。
僕たちも、あまり世間に理解されるような関係ではない。
でも、少し驚いた。
そして、幸せそうな二人を見て。素敵だなとも思った。
「鈴、もう起きられると思うんで起こしてきます!」
長い廊下を渡り、向かうは僕の部屋(乗っ取られてる)
鈴の顔色も大分通常に戻って来たようだ。
「鈴?起きられる?」
「う…うん!」
まだ本調子じゃないとはいえ、一度寝て大分治ったようだ。
「未来さんと柏さん来てるよ?」
「え!?本当?」
「うん。ご飯もって来てくれたから食べない?」
「食べる。」
鈴は目を輝かせて言った。
おなか空いたのかな?風邪とは思えない食欲だ。

下の食堂に集まってみんなで食事を取る。
鈴の風邪も大分軽いようで良かった。
グラタンを食べ進めて行くと、何かシャキッとした食感がした。
「…ネギ?」
「そうそう!長ネギ入れたの!!風邪に良いらしいよ。ネギってとてもすごいの。」
…へえ。喉に巻くとかは聞いたことあるけど。
持ってきてくれたグラタンはとても美味しかった。
きっと半分以上柏さんの手柄。

軽い雑談をした後、二人は帰っていった。

「未来ちゃんたち…帰ったの?」
皿を洗っていると、目を擦りながら鈴が起き出してきた。
この皿はさっきのグラタンを入れていた皿で、未来さんの物なんだけど、洗って返すって約束したんだ。

そう言えば少し気になった事がある。
鈴は彼女たちの関係に気づいていたのかな?

「ねえ?柏さんと未来さんって一緒に暮らしてるんだよね?どうしてか知ってる?」
「そりゃあ!恋人と一緒に暮らしたいじゃん。」
気づいていたようだ。
「知ってたんだ。恋人だって。」
「あったり前じゃん!女の勘はなめちゃダメって言ってたでしょ?」
万能だな。女の勘。

あの後風邪に良い食べ物をネットで調べたけど、確かにネギもあった。
「そう言えば、ニンニクなんかも風邪に良い薬なんだって。僕買ってくるよ。」
「……行かないで。」
少し掠れた声でそう言うと、鈴は腕を掴んできた。
「そんな物より、連がずっといてくれる方がクスリだもん。」
そう言って抱き寄せられる。背があまり変わらないから顔が近い。
すっと近づく鈴の唇に、自然に目を瞑る。

「んっ…」
とろけるように甘い口づけ。
その熱で全てとかして、とけて。

あれだけ今朝、朝ご飯を凝って作ったのに、鈴は食べられなかった。
一人で食事をするのは味気なく、また、自分一人の分を作るのは味気ない。
できれば晩ご飯は、普通の食事食べてもらいたいな。
消化に問題が無いなら、良く噛めば大丈夫なはずだし栄養もその方が良い。
というわけで少し消化を考えて、スープと柔らかいパンを用意した。
普通に好評だった。
今日はいろいろ朝から忙しかった。
疲れたからさっさと寝よう。
いつものベットには、いつもの鈴の安らかな寝顔。
熱下がったかな?
とりあえず長引かなくってよかった。

静かな夜が流れていった。

「れん?連?おっきろー!!珍しいね。連が寝坊なんて。もう朝ご飯できたよ?トーストとインスタントのスープだけど。」
鈴の高音が頭に痛い。ずきずきする。
風邪…引いたかな…?

今度は僕が看病してもらおうかな。
今日は月曜だけど、二人で学校休もう。
僕にとっても君は最高のクスリ。

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