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□夏祭りの契り。
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「苦しくないですか?」
と良いながらも瑠香さんは、帯ひもをぎゅうぎゅう締めていた。
「る…瑠香さん苦しい…。」
鈴が纏うのは、黒地にピンクの薔薇と兎柄の浴衣だ。
鈴には明るい色も似合うけど『黒は女を美しくさせる』とは本当で、いつもと一風変わったかわいらしさがあった。
僕が着ている燕柄の甚平は自分ですぐ着付けられたけど、女の子の浴衣は大変だと人事ながら思う。
着付けが終わると瑠香さんは僕の手に自分の手をあて、
「楽しんでおいで」
と言った。
握った手を開けると、札に印刷された樋口一葉と目があった。
「ありがとう」

鳥居をくぐってしばらく歩いた頃、見慣れた二人がいた。
一人は藤色の髪を後ろで結い、一人は目が冴えるような黄緑色のショートヘアーをしている。
それに気づいた鈴は、二人に呼びかけた。
「ぐーみさーん!!がくぽさーん!!」
そう呼ぶと振り返った二人もまた、いつもと違う雰囲気を纏っていた。
手を振りながら駆け寄ると、下駄がカラコロと小気味いい音を立てる。
グミさんは白地に朝顔の模様の浴衣を、がくぽさんは黒い龍柄の浴衣に紫の帯をしていた。

「おや。これは鈴殿に連殿。なかなか賑わっていますね。」
「そうですね!!お互い楽しみましょう!」
一緒に廻ろう、そう言うのは簡単だったし、実際快く受け入れてくれそうだったけどそんな野暮はしない。
たまには二人っきりもいいよね。
参道を進むと神社の建物が見えてきた。
「ねぇ。連あれ持ってきた?」
この辺りでは夏祭りに、人の形に切り取った紙で自分の体を撫でて、それを神社に納める。
撫でることで紙に自分の穢れが移るそうな。
あらかじめ穢れを移すまでをしておいた紙を取り出す。
神社の建物の中に入ると、お賽銭と一緒に紙を納める。
そして神社の外周の廊下には、藁で作られた輪っかができている。
それは、余裕で人がくぐれる大きさあり、この輪をくぐりながら廊下を三周まわるとこの夏は元気に過ごせる。…らしい。
木でできた廊下をくぐると、歩くたびみしみしと音がした。
僕や鈴はともかく、お相撲さんみたいな人が来ても大丈夫だんだろうか…?
「ねえ連…。今何周目?」
しまった。別のことに夢中になって分からなくなった。
「ええっと…。」
するとクスクス笑う声とともに聞き覚えのある声が聞こえる。
「私達と同じだから後一周だよ?」
振り返ると、桃色に椿の柄の浴衣を着た未来さんが立っていた。
「未来さん!!」
「あの〜私もいます。」
未来さんの背中からひょっこり出てきたのは柏さん。
あいにくここの廊下は二人並べるほど広くない。
白地に赤い矢かすりの浴衣を着ていた。
「日本の風習は面白いわね。」
歩きながらも未来さんは目を輝かせていた。
未来さんは初音カンパニーの社長夫婦が異国から迎えた養女らしい。
「昔は何処にいたんですか?」
僕が聞くと、未来さんはすこし戸惑った様子で答えた。
「え…えっと…。エルフェゴートの辺り…?」
エルフェゴートはエヴィリオス地方にある国。
「あれ?もしかして瑠香さんの居たルシフェニアのお隣?」
頭の中で必死に世界地図を思い出していた鈴がそう言うと、未来さんはさらに驚いた様子で
「ル…カ…?エル…ルカ…なわけ…ないよね。」
語尾の方は声が小さくてよく聞こえなかった。
「…未来?」
後ろから柏さんが気遣わしげに呼びかけると、
「ううん!?何でもないの!その瑠香さんってだあれ?」
と聞いた。
その後、三周まわってからも、瑠香さんの事で少し盛り上がった。

「それじゃあ!!お互い楽しもーね!!」
未来さんはそう言って、柏さんの手を引くと、鳥居の方に駆けていった。
鳥居の近くにある射的をしたいらしい。
手を振り二人と別れる。
未来さんが左手の中指にはめていた銀色の二連の指輪がキラリと光った。
そう言えばさっき柏さんも同じの付けてたような…。

僕たちは参道からズラリと並ぶ屋台に向かって歩く。

「よっしゃぁ!!メインイベントぉぉぉお!!」
ぐいぐいぐい…浴衣で歩きにくいだろうに、鈴は僕を引っ張る。
「連!ねぇ連あれあれチョコバナナ食べよう!!」
「はいはい。」
財布を取り出し、チョコバナナを買った。
バナナにチョコかけただけなのにチョコバナナって美味しいよなぁ。

この神社は河原の近くに建っているので、鳥居の外、河原では盆踊りや花火も行う。
盆踊りが始まり、陽気な音楽が流れる頃には辺りは大分暗くなっていた。
「鈴もおどろっかな?」
地元の婦人会の輪に紛れて鈴が踊り出した。
もとより「皆様の輪に交ざってください」という声はかかっていた。
こちらに戻って駆けてきた鈴が、「楽しいよ!!連も踊ろうよ!!」と手を引く。
正直こういうのは苦手なんだけど、鈴が楽しそうだから…いいか。

盆踊りが終わる頃、一つめの花火が上がる。
ヒュルヒュルヒュルヒュル…という音がして、空に線を描く。
次の瞬間、ぱあっと花開く。
一瞬で派手に咲いて、はかなく散る花火。
ハートや星の形の花火もあった。
大きな音が胸に響いてドキドキした。
そっと鈴と手を繋いだドキドキと、花火のドキドキが混ざりあう。
何よりも幸せなひとときだった。

花火も終わり、祭りもお開き。
屋台は次第に撤収し、人も引いていく。
そんな中で、ライトをまだ爛々と輝かせた屋台が一つだけある。
それなのにお客さんはほとんど来ていない。
その理由はすぐに察しがついた。
看板も出ていないし、テントもぼろ。店番のおじいさんもほとんど売り込みをしていない。
暗さで足下が不安定だった僕たちは、それでも引きつけられるように、その屋台の近くに寄っていった。
おじいさんが、目元に皺を寄せて、
「これは可愛いお嬢さんにお坊ちゃん。指輪はいかがですか?」
屋台は指輪屋さんだったようだ。
電球の光を浴びて、シルバーやゴールドの指輪がキラキラときらめいていた。
一本300円とやすかったけど、意外と大人っぽく小さな淡色の宝石がちりばめられていた。
「ねぇ連…これほしい。」
鈴が指さしたのは、歪んだ月みたいな形の飾りが付いたリングだった。
「おやおや…これはペアリングですよ。二つ組み合わせると、ハートの形になります。」
なるほど。確かに組み合わせたらハートだ。
おそろいで、二つで一つ。まるで僕たちみたいで心が動いた。
「これ…二本ください。」
ごそごそとポシェットから財布を出す。瑠香さんにもらったお金はまだある。
「はい。二本セットで600円。確かに頂きましたよ。」
小さな袋に二本とも包んでくれた。

帰り道、土手に座り込んで買った指輪を見ていた。
携帯の光で照らすと、指輪は店で売ってた時と同じ輝きを持った。
二つの指輪を組み合わせて、顔を見合う。
「ねえ連。どの指に着ける?」
「うーん。左手薬指だと結婚指輪だし。」
「え…?でも恋人とのペアリングも左手薬指につけることあるよ?」
「でもな…僕は右手の薬指に着けるよ。」
「えっ…じゃあ鈴も!!」
結局右手の薬指に着けることにした。

家にかえって、瑠香さんの入れたココアを飲んだ。
「で…楽しかったですか?」
「うん!!楽しかったよ。」
鈴が元気よく瑠香さんの問いに答えた。
「それは良かった。…あら?その指輪は?おそろいですか?」
瑠香さんは二人の指輪を見て訝しげに聞いた。
「ええ。夜店で買ってきました。ペアリングです。」
それを聞いて納得したのか瑠香さんは、柔和な笑みを僕に向ける。
「ねえ。二人とも知ってる?右手薬指のリングは恋人のリングなのよ?」
「なら、私達にぴったりだね!!連!」
「そうだね。」

シャワーを浴びた後、いつものように眠りに付いたベッドで、お互いが指輪を着けていることを手探りで確認した。
夏も終わりが近づくお盆の夜は、静かに更けていった。

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