Conan

□屋敷に眠る蒼宝玉U
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―俺はお前に救われたんだ






目が覚めたコナンの傍には、必ずと言っていいほど同じ男の顔がある。
深く被った帽子に黒い服を身につけている事もあるが、大概はトレードマークの白い衣装を纏っていた。
いつ目が覚めるか分からないコナンだが、朝でも昼でも夜でも、目が覚めた時にはいる男。
毎度ここに訪れて来るなんて暇なのか、と本人に聞けば、「名探偵の寝姿が可愛いから見に来ちゃう」などと言う始末。何度もそのやり取りを繰り返したおかげで、いつしかコナンもこの件に関して聞く事は無駄だと悟った。



そしてこの日、コナンが起きたのは夕日が沈みかけた時。
この日は三日寝続けていただけで、目が覚めた時の倦怠感はいつもよりは少なかった。
だが、眩しい夕日に顔を顰め、思わず顔を横に向けると、椅子に腰掛けてベッドの上で片手で頬杖をつき満面の笑みを浮かべている男がいた。
いつから見ていたのか知れないが、この男と関わるようになってから、今まで鈍感だと言われ続けた自分の恋愛方面の感情も分かるようになってきた。
今、自分に向けて浮かべているその表情が愛しいものを前にしたものだと少なからず理解してしまう。
男が「おはよ」と囁く。それも何だか気恥ずかしくて布団を被りそうになったけれど、礼儀だからと言い聞かせて、コナンも「はよ」と呟いた。
「寝坊助サン」
「…うっせ」
掛けた言葉に返事が返ってくる。
きちんと成り立つ《会話》に男の笑みはますます深いものになり、それを見たコナンの顔は少し赤く染まった。
それに気付かれないようにと、コナンはゆっくりと身体を起こし、布団を剥ぎ取る。
「……ん?」
しかし、起き上がろうとした矢先、左手が動かし辛い事に気付く。それと同時に掌全体が暖かい何かに包まれている事にも。
何だとコナンが視線を動かせば、自分の腕が続いている先に男の手。自分の手をぎゅっと包んでいるキッドの手があった。
しかも、恋人同士がデートの時に繋ぐような、五本の指を絡ませた状態で握られていた。
瞬時に抗議の声を上げそうになったが、コナンが起きるのをいつも待っているキッドの事を思えば、手を握られたぐらいで騒ぐのも申し訳ないなと思い直す。
脳内で疑問と納得を巡らせたであろうコナンも思いつつ、そんなコナンが魅せる表情が嬉しくてキッドは何も言わずにコナンを見つめたままだ。
「?」
キッドに言葉を掛けるか悩んでいると、ふと、ベッドに垂らしたまま繋がっていた手が持ち上がる。何だとキッドの顔を見れば先程とは違う楽しそうな笑みを浮かべていた。キッドはその笑みを崩す事無く繋いでいた手を一旦離し、すぐにコナンの四指を優しく掴むとそのまま小さい指先に唇を落とした。
「……おい」
「ん?」
その行為に再び赤面しかけたコナンだが、キッドが口付けた先に見えたそれに思わず目を見開いた。
「何だよ、これ」
「何って…見て分かるでしょ?」
不機嫌極まりなく出たコナンの声に、キッドは嫌な顔を見せる事無くそっと手を離した。
コナンはすぐに左の薬指に付けられたそれを間近で見る。
「見て分かるから聞いてんだ」
「指輪」
「…フザケてると蹴るぞ」
女性であれば嬉しいのかもしれないが、何故こんな物が寝起きの自分に付けられているのか意味が分からない。
普通、こういう物はそれなりの場面で出すのではないのか。
出されても実際は困るのだが、今の自分に嵌められる物ではないはずで。
「まてまてまてって!!」
布団から這い出てベッドの上で蹴る体勢になったコナンを、キッドは思い切り静止にかかった。
靴を履いていない子どもの脚力とは言え、その位置から当たるのは自分の頭部。当たると確実に悶絶だけでは済まない。避ける自信はあるけれど、それはそれで恨みを買ってしまうのが目に見えている。
「ったくおっかねーな、名探偵は」
「で。なんのつもりだ」
「俺と名探偵を繋ぐ愛の証」
コナンは思い切り眉間に皺を寄せて、今度はベッドサイドのテーブルに置いてある腕時計型麻酔銃を手に取り、そのまま照準をキッドの額に向ける。
「言う!言う!言いますって!!」
はあ、とキッドは溜息を零す。
眉間に皺を寄せながらも、取り敢えず話を聞いてやると言わんばかりの態度で、コナンはベッドの上で腕を組んで胡坐をかいていた。
本当に長期間眠り続けていたのかと疑問に思うほど、その姿からは少年の可愛らしさ等微塵も感じられない。睡眠時間が長くなり生活習慣が変わっても、横暴に近いコナンの態度が昔と変わらない事が嬉しい。だが反面、恋人に対する態度ではないと思うと少し泣きたくなる。
キッドは再び溜息を付きそうになった。
「……っつってもそのまんまなんだけどな…」
「は?」
小さく呟いたキッドの声はコナンには届かない。
首を傾げるコナンを横目に、キッドは床に跪いて再びコナンの左手をそっと手に取る。
右手で下から支え左手を上から被せる。そうすると、キッドの左手の薬指にもデザインが同じ指輪が嵌められている事にコナンは気付く事になる。
「一回しか言わないからな」
キッドは少し間を空け呼吸を整えると、コナンの蒼い瞳を仰ぎ見た。
「・・・俺達、異質な人生歩んでるし、正直、これからどうなるのかわかんねーけどさ」
突然のキッドの言葉に、コナンは静かに耳を傾ける。
「例え異質でも、異変だらけでも、それでもお前がいたら何にも怖くないって思えるんだ」
「……」
「だから」
キッドはコナンの手を包む自分の手に少し力を込める。



「貴方のこれからの人生、全てこの怪盗に盗ませて頂けませんか?」



今までに見た事が無いほど真剣な表情でキッドはコナンの瞳と向き合い、コナンも逸らすことなく、キッドの瞳を見つめる。
「コナン、私は貴方を愛しています。……お返事を頂けますか?」
真剣な瞳に真剣な言葉。その言葉は真っ直ぐ、コナンの体内に浸透していく。
緊張しているのか不安なのか、いつも気障な言葉を連ねる男の表情は少しばかり揺れているように見えた。
ストレートに返事をすればいいのだが、あまりにも恥ずかしくてコナンはなかなか口に出せない。
「……俺、寝てばっかだし…いつ起きるかわかんねーし…」
「それは知っています」
「お前にやれるものなんて何もねーし」
「貴方自身をください」
「……」
キッドの言葉にコナンが出せた言葉は、遠回しの言葉ばかりだ。
気持ちを伝え、指輪という目に見える証まで示してくれた男に、きちんと自分の気持ちを伝えたいのだが、何せ経験のない事だ、どう言えばいいのか分からない。
「…やっぱ返事…言わなきゃなんね?」
「言って」
「………」
反論させないように、キッドはいつもより低めの声で言う。
赤面しながらぐるぐる悩んでいるコナンを思うと、少しばかり急だったかなとキッドは思ったが、それは億尾にも出さない。
眠っている相手に強制的に指輪を嵌めた事。
起きたばかりの相手に突然のプロポーズ。
分かっている。例え恋人であったとしても、順序は間違えているし、この状況がそれに相応しくない事も分かっている。
目覚めない恋人を待ち続けるのは苦ではないが、それでも不安なのだ。
普通の状況ではない自分達が。眠り続ける恋人が。その将来がどうなるか誰にも分からない。
不安が不安を呼び、もしかしたら眠りから目覚めた恋人の中から自分が消えるかもしれない日までも想像してしまう。そんな悲しい事だけは避けたい。自分には彼だけなのだから。他の人間では駄目だから。
だから無理にでも行動を起こし、恋人以上になる為の証を求めたのだ。
それでも、勢いで蹴られそうになったとはいえ、いきなり嵌められていた指輪を外すような仕草を見せていないことが、少なからず、マイナスには向かわないと信じている。
「コナン…」
だがそれでも、長い沈黙が不安を煽る。
そんな中、小さく口を開いて何かを言い掛けては止め、言い掛けては止めるという動作を繰り返していたコナンの口がやっと開いた。

「…嫌だ」

「えっ!?」
やっとコナンの口から出たものは、キッドにとっては予想外のものだった。
素直に肯定はされないだろうと思ってはいたが、完全なる拒否の言葉が出るとは思ってもみなかった。
驚きの表情を隠せず落ち込みかけるキッドに、コナンはそうじゃないと、自分の左手を包んでいるキッドの手の上に、空いている右手を添えた。
「俺は探偵だ。盗まれるなんて嫌だ」
いつか見た強く蒼い瞳。
「盗めるものなら盗んでみやがれ。怪盗キッドが盗みに入る度に俺はそれを守る。守り抜いてみせる」
「へぇ」
いつかの屋上で出会った小さく鋭い瞳。
暫く見る事が無かった宝石のようなその瞳を見て、キッドは怪盗としての興奮を覚えた。
少しの恥じらいを残しながら探偵としてニヤリと笑みを浮かべるコナンに、キッドも怪盗として笑みを返す。
《守る》は、キッドの言葉に対しての《差し出さない》という拒否ではない。
「死ぬまで守り続けてやる」
「それはそれは、楽しみですね」
「受けて立つぜ、怪盗キッドさんよ」
「では。お望み通り、幾度となく盗ませて頂きますよ、名探偵」
異質な存在になったとしても、自分達は《探偵と怪盗》であり《恋人》なのだ。
例え、今はそれぞれの活動を行えていなかったとしても、その関係だけは死ぬまで変わる事が無いという、不変の挑発。
それが分かり、キッドは安堵の表情を見せる。
あまりにも嬉しくて、そのまま立ち上がったキッドは座っていたコナンをベッドのシーツに押し倒してしまう。
「…ありがと、名探偵」
「ん…」
二人はそのまま触れるだけの口付けを数度繰り返した。
「ちなみにこれはマリッジでなくエンゲージね。間違えないように」
また綺麗な夜空の下できちんと渡すから。そうキッドは呟く。
「どっちでもいい」
「大事な事だぜ? ったく夢ねぇなぁ、名探偵」
「うっせ」
茶化すように囁かれた言葉に、コナンは若干抗議しようとしたが、それはキッドの咥内に消えて行った。


「ところでコレ、盗んだもんじゃねーだろうな?」
「あったりめーだ。ちゃんと買ったヤツだよ」
給料三か月分ね。そう付け加える。
笑いあう二人の真上を、夜の風が通り抜ける。
気が付けば、空には星々が輝いていた。
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