Conan

□屋敷に眠る蒼宝玉U
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『なあ…頼みがあるんだ』
『頼み?』
ある時の逢瀬で、コナンは静かにそう呟いた。
『新一の事見ててやって欲しい』
『…はい?』
突然、理解し難い発言をされ、キッドの脳内は思考を停止してしまった。
コナンもあまりに突然だったと気付いたのか、わりーわりーと頬を掻く仕草を取る。
そして少しの沈黙を待って再びキッドを見上げ、言いにくそうに、口に出した。

『今の新一は、工藤新一であって工藤新一じゃない』

『…というと?』
コナンが真剣にそう告げると、キッドはどう言う事だと首を傾げる。
『勿論、コナンになる前の《新一》と、コナンから戻った後の《新一》だと、経験した事も違うし、関わった人たちも違う』
『まあ、そうですね』
≪怪盗キッド≫と出会ったのもコナン。
FBIやCIA、はたまた世界的大泥棒とその一味も出会ったのはコナンとして、だ。
『それでも、《江戸川コナン》も《工藤新一》も元々は一つで、元々の性格は同じだ』
『はい』
『無駄に好奇心旺盛でカッコつけて、その上自己顕示欲も強くて無駄に負けず嫌い。それが≪工藤新一≫であり《江戸川コナン》なんだ』
『…ま、まあ…そうで、しょうね…』
キッドは思いもよらないコナンの言葉に内心どう返事したものか悩んでしまう。
『…なんだよ』
そんな形容しがたい反応をしていたキッドが不思議だったのか、真剣に話していたのを中断されたのが不満なのか、コナンは思いきり顔を顰めていた。
『いやあ、自覚あったんだなあと…』
『蹴るぞ』
『ゴメンナサイ』
言いにくそうにしていると、更に表情を険しくしたコナンの手が足元に向かっていくのを見たキッドは、それを阻止するべく、即座に謝罪した。
『オレだって気付いたのは身体が分かれてからだ。第三者として工藤新一を見れるからな』
『なるほど…』
自分の事はさっぱり鈍いが、他人の事に関しては鋭く見抜く性格が発揮されたらしい。
思わず納得してしまったキッドにコナンは不満そうな表情を見せた。
『まあ、別にそれを直す必要はねーと思うんだけど』
『おい』
駄目だろ、と言いたかった言葉は、コナンが言葉を続けた為に外に漏れる事はなかった。
『そのどれ一つとして、《今の工藤新一》にはない』
コナンは真剣に、でも切なそうに呟いた。
その姿は余りにも見た目に相反していて、キッドはそんなコナンを見ながら複雑な気持ちになった。

『だから、お前に新一を見ていて貰いたいんだ』
『何故?』
再び自分を仰ぎ見てくるコナンに、キッドは言葉の意味が掴めずコナンの言葉を待つ。
『心配してるわけじゃねーけど、やっぱアイツはオレだから』
『……』
コナンは、自分の性格も今まで以上に把握していたし、起床時間も短い為に事件に首を突っ込んで無茶をするということがない。事件に関わらなくなる事が寂しくないと言ったら嘘になるが、それが運命だと理解している。
それに、何が起こるか分からない人生だが、キッドがいてくれるから退屈せずに済むときちんと理解している。
分離してそれぞれの生き方を見つけて、新一がまた探偵として過ごしてくれれば、難解だった事件や世界に蔓延る様々な怪奇事件だって聞く事が出来る。
そう思っていたのだが、肝心の新一は、コナンの事ばかりを考えて、無駄に悩み続けている。ちらっとキッドが漏らした『女々しすぎて恋する乙女みたい』と言う言葉に少なからず嫌悪感を覚えたが、キッドから聞いた話では、学校が終わったら寄り道をせずに帰宅を決め込んでいるらしい。強ち嘘じゃないな、と認めざるを得なかったのは記憶に新しい
勿論、自宅に居れば快斗がやってくる、というのもあるだろう。だが、これでは軽い引きこもりじゃないかとコナンは思っていた。
そんなのは≪工藤新一≫ではない。
『アイツの生き方を見届けてやってほしいんだ』
≪工藤新一≫として、生きている姿を。
今はどれだけ悩んだっていい。だけど、悩んでいる時間も工藤新一が生きている時間。二度と戻らない時間をコナンの為に無駄に使って欲しくはなかった。
『ったく、俺はいつから工藤新一の親父になったんだ?』
キッドは肩を竦めながら面白そうに言う。
『親父なら、説教だって出来るぜ?』
『なんで俺がそんな事しなきゃなんねーの』
『駄目か?』
『俺は名探偵にしか興味アリマセン』
キッドは、≪工藤新一≫には全く興味がない、と言わんばかりの態度を取る。
そんなキッドに対して、コナンは一瞬思案顔を見せた。
嫌な予感がする、とキッドが顔を引き攣らせたのも束の間、コナンは座っていたキッドの膝を跨ぎ、首に両手を回した。
『どうしても駄目か?』
若干俯き加減で上目使いで呟かれ、キッドはその眼鏡の隙間から見える蒼い瞳を凝視する。
こうすればキッドが折れてくれると学んでいるからこの手段を取ったのだろうから達が悪い。しかし、それでキッドに要らぬスイッチが入るとは自覚していないのだろう事は想像に難くない。
『この小悪魔名探偵』
キッドは大きく溜息を付いて、跨っているコナンの頭と腰に手を回し引き寄せる。
『可愛く鳴いてくれたら、コナンの望む通りにしてやるよ』
『それはお前次第、だろ?』
唇が触れそうな距離で囁き合っても、コナンは本当に≪名探偵≫らしかった。
キッドはそれが面白くてクスリと笑みを零す。
『全く、お前にはホント参るよ』
それからコナンはゆっくりと目を閉じた。
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