□クーラーボックスの君
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終業式の後、富士の麓の合宿所へ向けて走る騒がしいバスの車内で、窓際に座った進は外を何気無しに眺めていた。
歩道を無数の人々行きが交い視界の隅に流れて行く。
王城高校から出発して暫くするとバスは駅前の信号で一旦停止した。
窓枠の隅からひとりの少女が走ってくる。
彼女が視界に入った瞬間目を奪われた。
少女はクーラーボックスを二つ肩から下げ、長い髪と黒いジャンパースカートの裾をなびかせながら、通行人を次々とかわしバスを追い抜いて行く。
その上信号が変わり徐々にスピードを上げるバスから彼女の姿は消える事なく、バスと併走するかのように速度を保ったまま走り続けている。
スカートからのぞく脚はバランスがとれ透き通ったように白く、歩いていたなら男性の視線を集めただろうが、進の眼は一層奥、筋肉に向けられていた。
進は17年の人生で初めて見たのだ。
常人ではまずあり得ない、スポーツ選手でもまずお目にかかった事がない、筋肉をつくる筋線維の密度が人の十倍いや、数十倍はあるだろうか。
その筋肉が走る度に柔らかく動き、クーラーボックスに邪魔される事なく彼女を前へ前へ進んで行く。
人を顔や髪型で無く筋肉で判別し、今まで女性に興味などなかったがその細身の彼女からは想像つかない力強い走りにジッと見入ってしまった。
暫くすると彼女は十字路を左へ曲がってしまった。
小さくなって行く背中を追い掛けて行きたい衝動にかられるが、無情にもバスは直進してしまった。
ビルに隠れた曲がり角を名残惜しい気に追った。
「進、どうした?」
「・・・いや」
「・・・・・・そう?」
かけられた声に、振り向くと気の抜けた返答に桜庭が怪訝な顔をしていた。
バスが高速に入りトンネルの灯りで車内がオレンジ色に染まるころ、進は鼓動が僅かに速まり顔や首筋にじんわりと熱をおびていることに気が付いた。
と同時に、どこの誰とも分からない彼女と、これから近いうちに何処かで会えるような気がして来た。
何の根拠もない期待に確信している自分を不思議に思いながら、頬の熱と微かに騒ぐ心臓に戸惑う。
トンネルを抜けても進の薄く赤く染まった頬に車内で気づく者はいなかった。