After sweethearts
□ 3.
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3.
気が付いた時には、両手が自由になっていた。
終わった後、気が済んだのか皆川はすぐに高階の両手の戒めを解いたようだった。記憶があいまいなのは自失していたせいかもしれない。
横たわったまま、身動きが出来ずにぼう然としている高階の代わりに皆川が後始末をしている。
連れて行かれた狭いユニットバスで皆川に身体を清められ、浴室を出た後も皆川の手でTシャツとアンダーウェアを着せられる。
そこまでは従順にしていた高階だったが、部屋に戻り、ベッドの脇に落ちていたくしゃくしゃのネクタイと散乱した皆川の服が目に入ると一気に我に返った。
「こ……」
「こ?」
「このドS!」
高階の髪の毛を拭いていた皆川の手からバスタオルを奪い取り、投げつける。
「ドSって……」
「ドSだろーが! サイテーだぞ、あんな、……あんなことっ」
「……やめないでって言ったくせに……」
「ああ!?」
皆川のアンダーシャツの胸元を掴み上げて言葉を封じる。それ以上、自分の醜態を聞きたくない。
なんと責めればこいつは反省するのだろうか、とギリギリと奥歯を鳴らして考えた結果、事実を糾弾することにした。
「……縛り上げて床の上で無理やりヤるなんて、なに考えてんだよ!」
自分がそんなことをされたと認めたくなくて、小声で、しかし強い口調で詰る。
皆川はにこりと嬉しそうに笑った。
「良かった、元気になってくれて。さっきまで人形みたいだったから心配した」
「ショックで放心状態だったんだよ!」
くったくのない皆川の様子に大きな声が出てしまう。こいつちっとも反省してねえ、と高階は皆川のアンダーシャツを掴み上げる手に力を込めた。
「てめ、ふざけんな、マジでっ、……元カノと別れたのってそのドSが原因なんじゃねえの!?」
「違うよ。だいたい俺、歴代の彼女にドSなんて言われたことないもん」
しれっと言いながら、皆川は投げつけられたバスタオルをふわりと高階の頭にかぶせる。アンダーシャツの胸元を掴まれたまま、まだ濡れている高階の髪の毛を優しく拭き始めた。
「無理やりしたことも、縛ったこともないよ。……あんたが見せつけるみたいに、加藤と仲良くするからだ」
「みっ……見せつけて、ない」
「社内で冷たくするし、すぐ恋人じゃないって言うし。……お前なんて遊びだ、本気の恋人出来たからもう会わないって言われるんじゃないかって、いつもびくびくしてる。それで目の前で他の男と楽しそうにしてたから、つい」
「つい!? つい、縛ってゴーカンしちゃったってか!?」
「つい、カッとなったんだよ」
「そんなことでカッとなんなよっ……」
「なるよ。……俺のものだって証拠に写真撮っとこうと思ったけど、そんなことしたら他に男作るって言うから、仕方なくおねだりだけって譲歩したのに」
仕方なく? 譲歩? アレが? 自分から脚開いて恥ずかしいこと言えって?……どこが譲歩なんだよ!
言いたい文句は山ほどあったが、言葉が出て来ず、高階は口をぱくぱくさせた。
不意に、バスタオルの上に感じていた皆川の手が止まる。
「あんたは嫌がってばっかりで、……ちっとも言うこときいてくれない」
皆川は低く言いながら、形のいい目で高階をじっと見つめた。
訴えかけるような眼差しで見据えられて、高階は押し黙る。
「……」
確かに社内ではほとんど皆川と話さない。ただの同期入社の友人だった頃よりも、よそよそしいくらいだ。しかしそれは気持ちがないということではなく、こういう関係になってしまった相手と真っ昼間の職場で顔を合わせるのが平常心を失くすほど恥ずかしいからだった。
付き合った当初から、お前は恋人じゃない、とも言い続けている。未だにこの関係が信じられず、もしも皆川に好きな女性が出来ればすぐに破綻すると判っていた。
最初から恋人じゃなければ、皆川は安心して別れを切り出せる。
普段は心の奥底にあって意識には昇らせない高階のそんな想いを、皆川はたぶん、ずっと以前から敏感に察していた。
加藤と談笑していたことを引き金に、独占欲からこんな行為に及んだとすれば、それは自分のせいなのかもしれない、と高階は思った。
掴んでいたアンダーシャツの胸元をそっと放して目を伏せる。
逃げ出した高階の目を追いかけるように、皆川は囁いた。
「俺、高階のこと、好きだよ」
この一ヶ月の間、何度も皆川を泊めたり逆に高階が皆川のアパートを訪れたりしたが、こんなにはっきりと告白されたのはあの朝以来だった。
それ以来の言葉が思っていた以上に嬉しくて、動揺する。
心の中でうろたえてしまった高階は、目を逸らしながら、ちっと舌打ちした。
「……普通、好きだって言われてその態度、ある?」
困ったような、あきれたような皆川の声がすぐそばで聞こえる。
「こんな振り回されるの、初めてだよ、俺。今までは女の子に好きって言ったらすごい喜んでくれたのに。……やっぱり俺のこと遊びで、次の相手見つけるまでのツナギなんじゃないの」
バスタオル越しに頭に感じていた大きな手がすっと離れていく。高階に背中を向けた皆川は、足元に落ちていたYシャツを拾い上げた。
とっさに高階は皆川のアンダーシャツの背中を軽く掴んでいた。……このままでは、可愛げのない自分を見限った皆川が帰ってしまう。
やっぱり女の子のほうがいい、と思ったのかもしれない。
……そんなの、イヤだ。
矛盾していると判っている。恋人じゃない、けれど、皆川の心が他の誰かに移っていくのを目の前で見ているなんて耐えられない。
アンダーシャツの背中を引かれて振り返った皆川に、高階はおずおずと口を開いた。
「お……俺も、……好き、……」
俯きながらの告白は声が上擦っていた。皆川のようには、慣れていないのが丸判りだ。
「……お前のこと、好き、……」
「高階」
「か……帰んのか……?」
バスタオルが頭から被さっていて良かった、と高階は思う。たぶん、赤くなっているだろう顔と涙目が皆川からあまり見えなくて済む。
「……シャシン、は、ヤダけど……言うこときくから……帰るなよ……」
「─── 帰らないよ。舌打ちくらいで、……あんたがすごい恥ずかしがりで素直じゃないってこの一ヶ月で知ってる」
皆川の声は軽い笑みを含んでいた。
「あんまり俺に冷たいから、ちょっと意地悪言ってみたんだけど。……イイこと聞かせてもらった。タナボタってやつ」
「おま……」
「俺のこと、好きって言ったよね。……帰らないで、言うこときくって、言ったよね?」
離れてしまったかもしれない皆川の心を繋ぎとめたい一心で、口にした精一杯の気持ちだった。その気持ちに嘘はないものの、なんだか体よく嵌められてしまったような気がする。
「ズルいぞ、そんなのアリかよっ……」
「アリだよ。こうして意地悪でも言わなきゃ、ちゃんと気持ち言ってくれないだろ。……それとも、今のナシなの?……なら、もう帰る。あんたの迷惑になるだけだし」
う、と言葉に詰まった高階は、真っ赤になった顔を横に振った。その拍子に頭から被っていたバスタオルがフローリングに落ちる。
そのタオルに目を落としたまま、高階は消え入りそうな声で命令した。
「……帰るな、……」
「どうしようかな」
「……朝まで、ここにいろ。帰ったら、……」
「帰ったら、なに? もう恋人やめる? 他にオトコ作る?」
「……帰ったら、泣くからな」
言ってから、その稚拙さに顔から火が出そうな思いがした。泣いたからなんだというのだろう。脅迫というには余りにもお粗末で、皆川にはなんのダメージもない。
「か……帰ったら、……帰ったら……」
他に何か、皆川の嫌がりそうなことは、と考えても何も思いつかない。
「─── 俺さ、あんたの泣き顔見るの好きだけど」
なら、余計に皆川を引きとめる手段にはならない。どうしたらいいか判らなくなって、おろおろとする高階の顔を皆川は覗き込んだ。
「目の前で見れなきゃ、意味ないよね」
腰に回された力強い手が高階を引き寄せる。
「お、おい、……」
「帰らないよ。帰れって言われても、帰らない」
「……もしかして、お前が帰らなくても泣かされんの? 俺」
意を得た、とばかりに皆川は本当に心の底から嬉しそうな笑みを見せる。
その笑顔に思わず見惚れてしまった高階は、皆川の肩にゆっくりと頬をうずめた。
end.
※最後までお付き合い下さってありがとうございます。
R-18ですいません^^; またお会い出来たら嬉しいです。 八月金魚 拝
→ 皆川くんの話 続編です
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