皆川くんの話

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 しばらくの間、ベッドに座る高階を抱きしめていた。ひっく、としゃくり上げる高階の声と熱い息をみぞおちの辺りに感じ、そのままベッドになだれ込みたくなる。
 いくら泣き顔が好きでも号泣状態の相手をどうこうするのはさすがにまずい。それに、もうひとつ誤解を解いておきたかった。

「……あの、ホテルで会ってたクライアントだけど、……マクラじゃないからね」
 一瞬、高階は涙に濡れた疑わしげな上目遣いを向けて、それでもこくりと頷く。
「……うん。お前、そんなことしなくても、仕事出来るもんな。クライアントが勝手にお前を好きになるだけだよな」

「それってイヤミ?……確かに誘われたけど、それは高階が加藤に色目使ったせいだ」
「なんだよそれ、……色目なんか使ってねえし。イミ判んね」
「あの人との食事の約束破っちゃったんだよ。あの日」

 加藤とイチャついてるあんたを見て、このアパートに飛んできたあの日のことだ、と説明すると高階は、ぐすんと洟をすすり、あきれたような顔で見上げた。
「お前、あの時、接待キャンセルしてここ来たの?」
「契約逃してもいいくらい、かっとなったんだよ」
「……バカか。そんなつまんないことで、……契約、ダメにしたのか?……」

「今日頑張った。仮契約取ったよ。……約束破ったお詫びにこのあと付き合えって、当てこすり言われたけど。だから、高階のせいだよ」
 むっとしたような表情を高階は見せる。何か言いたそうにもぐもぐと動かしていた口をやっと開いた。

「……付き合ったのか……?」
 不安そうな高階の声に優越感を覚えた。高階が、反論もしないで自分のことで頭をいっぱいにしている。

「まさか。マクラじゃないって言ってるでしょ。カドが立たないようにやんわりとお断りしました。……まあ、車までエスコートするくらいはしょうがないよね」
 高階の表情に満足した皆川は、うっとりと笑みを浮かべた。
「クライアントと関係を持たないのは営業の鉄則だよ」

「……知ってるよ。でも、お前は、タラシだから、もしかしたら、……」
「タラシって。……もしかしたらはこっちのセリフなんだけど」
 目線を下げて高階の胸元を見る。
 帰って来た時、すでにネクタイをしていなかった。Yシャツの一番上のボタンが外れて、肌が覗いている。

「……酔ってるよね。……今まで何してたの」
「……」
 高階は何度も目を瞬かせる。その目を、ふい、と逸らされ、うしろめたいことがあるように感じた。

 ベッドに座っている高階に、屈みこんでキスをする。逃げられないように頬と後頭部に手を添えて、唇の隙間から強引に舌を挿し入れた。
「……んっ……ん……っ」
 戸惑う舌を夢中で絡めとる。高階は苦しげに息をしながらも応じた。

 強張っていた高階の身体が弛緩していくのが判る。すがりつくように首に腕を回されて、抱き合ったままベッドの上に横になった。
 何度もキスを繰り返しながら、皆川はジャケットを忙しなく脱いでベッドの下に落とす。

 手に触れた高階のYシャツの裾をスラックスから引っ張り出し、中にその手を潜り込ませる。しなやかな筋肉を覆うすべすべとした肌を撫でた。
「……あ……っん……」

 堪えきれない高階の声を聞いて、嫌でも昂ってしまう。皆川は理性を総動員させて、エスカレートしそうな身体を抑えた。
「……三時間。なにしてたの」

 のしかかられ、皆川の唇や手に解されつつある高階に逃げるすべはない。高階もそれを自覚したのか、ぼんやりとした表情で皆川を見上げた。
「……前、行ってた、飲み屋行った……」

 いつもの強気な口調とは違う、素直で頼りなげな声だった。
「……一人で飲んでて……そうゆうとこ、で……知らない奴に、声かけられて……適当なことしゃべって……なんかもう、どうでもよくて……外行こうって、言われて……」

「─── ついてった?」
 自分でも思いがけないほど低い声が出た。怒りに似た苛立ちが胸の中に拡がっていく。
 高階はこくりと頷いた。

「店出てすぐ……へんな、路地裏みたいなとこ、連れ込まれて……キスされて……カラダ、触られ……」
「キスされて? 触られたの!?」
 
 動揺して問い詰める口調になる。目を伏せた高階は頭を横に振った。
「……さわ……触られそうになったけど、……逃げた……」
 皆川はほっとして大きく息をついた。─── けれど、次の瞬間には、そんな言葉を鵜呑みには出来ない、と疑いが生まれる。

 本当かどうか、あるいはそれ以上のことがなかったかどうか、どうやって確かめたらいい、と焦燥に駆られていると、高階の目にふっと涙が浮かんだ。
「……こんなじゃなかったのに、……」
「え?」

「……前はこんなじゃなかった……お前じゃなくても、他の奴でも、知らない奴でも、……気持ち良くなったのに、……だから、また大丈夫って……思って……なのに、チュウされたら、気持ち悪くて……なんかヘンで……ぜんぜん良くなくて……へんなとこ、触られて」
「触られてるじゃん!」

「ふ、服の上から……そんで、ガマン出来なくて、突き飛ばして逃げた……ごめんって謝って逃げたけど……ビックリしてた、その人……」
 なんで触られてないってウソつく、服の上だからなんだっていうんだ、いきなり突き飛ばされたらそりゃそいつも驚くだろう、ていうかそんな奴どうだっていい、等々、言いたいことが皆川の頭の中で渦を巻く。

 怒りのあまり言葉が出てこない。黙って高階を見つめていると、彼の目から涙が溢れた。
「……なんでこんなんなっちゃったんだろう……お前にチュウされたり、抱きしめられたり、触られたりするとすげー気持ち良くなるのに、……前は他の奴でも大丈夫だったのに、今は、……キモくてぞっとして、ガマンしようとしても、できない……」
 
「……高階」
「……帰ってくる途中、お前に彼女出来て、俺どうすんだろうって考えた。他の奴じゃ気持ち良くなんないのに、お前には好きな女がいて、これからずっと俺は無視されんのにどうすんだろうって。……お前のこと、なかったことにして、そんで、他の奴でも大丈夫にならなくちゃ、って思って、……なのに、お前の顔見たら身体ん中ぎゅーってなって、お前に触られたらすげー良くて、他の奴とぜんぜん違ってて……もう、めちゃくちゃだ、わけ判んね……」 
 
 涙を隠そうとしてなのか、高階は手の平を両目に押し当てる。そんな高階を見下ろしながら、皆川は自分のネクタイを解いてYシャツを脱いだ。
「……俺のこと、口説いてるの? 高階」

「……そんな……じゃ、ない」
「他の奴に触られるのイヤだ、お前がいい、って、口説かれてるみたいにしか思えない。他の奴にキスさせて触らせたこと、どうでもよくなりそう、……高階のほうがよっぽどタラシ」

「タラシじゃない、ほんとのことだ。……お前に触られてから、ヘンになった。他の奴に触られるの、気持ち悪い……なんで?」
 不思議そうに問う高階が可愛い。
 堪らなくなり、再び何度もキスを繰り返しながら高階のウエストに手を回す。手探りでベルトを外して、アンダーウェアの中に手を滑り込ませた。

 すでに硬度をもっていたそれを手の平に包み込むと、びく、と高階の身体が竦む。肩口に、高階の額が押し付けられる。興奮していることを知られたせいか、その顔は真っ赤で涙目になっていた。
 そのままゆっくりと高階の形をなぞる。しだいにもどかしそうに、細い腰が揺れ始めた。
 
 その様子を眺めていた皆川の顔に笑みが浮かぶ。邪魔なスラックスとアンダーウェアを一緒に取り去り、開かせた膝の間に身体を入れた。
 高階のYシャツのボタンを外して、火照った肌を手の平で撫でる。先ほど煽った下半身の中心には手を触れずに、キスをしながら胸の突起をしつこく指先で弄った。
  
「……皆川……っ」
 高階の声の中にねだる響きを感じ取り、皆川は耳元で訊ねた。
「……気持ちいい?」

「ん……ん……っ」
 こくこくと高階は何度も頷く。
「判んない、ちゃんと言って。……俺に触られるの、気持ちいいの?」
「……お前に触られるのも、ベロチュウされんのも、気持ちいい、……」
 
「他の奴、ダメ?」
「……ダメ……なんか判んないけど、ダメ、……なんでか判んない……どうしたらいい……?」
「俺のこと、恋人にしたらいいと思うよ」

 すでに雫をこぼし始めているそれに、皆川は手を伸ばす。やんわりと愛撫しながら高階の耳に囁いた。
「そしたら、あんただけのものになる。他の奴に触らせる必要ない。……恋人にしてよ。それで、誰とも付き合うなって、女の子と合コンなんて行くなって、言えばいい」
 皆川の手の動きに高階は敏感な反応をみせた。あえかな声が高階の唇から漏れ続ける。

 なおも皆川は高階に囁きかけた。
「……恋人にしてくれる?」
「……する……こいびと、に、する……」
「俺のこと、好き?」

「……好き……だいすき……みながわ……」
 うわ言のような声を聞いて、思わず高階を弄る手に熱がこもってしまう。
「あッ……あ、んん……っ」

 一際細い声を上げてあっけなく放出した高階は、ぐったりとシーツに身を任せる。
 その夜、皆川は、高階の口から恋人だと言わせることに何度も成功した。


   

 →  最終話 へ続く
 

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