オリジナルファンタジー長編小説

□Night×Cross 第二章歌姫
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第二章歌姫

 三日月の夜。アデナ海を進む客船。陽気な音楽が鳴り響き、貴族たちは高笑いをしながらワインを味わい、快楽に酔っていた。男も女も皆、派手過ぎるくらいに着飾っている。道化がオルガンの前で踊って見せるが、それすらも目立たないほど貴族たちの格好は華やかだった。
 そして、同じ船の甲板では、海賊に対抗するために雇われた海軍の護衛たちが月を見上げてため息をついていた。華やかな音楽が嫌でも耳に入ってくる。
「いい夜だなぁ〜。風は涼しいし、満天の星空だし」
「だよなぁ〜。何だってこんないい夜に仕事しなくちゃいけないんだ?」
 貴族は娯楽を楽しむ。海軍は貴族を守る、そして報酬をもらう。この時代において決まりきった力関係だが、やはり、自分も遊びたい時にお気楽に騒がれては気分も悪くなるというものだ。
 はぁ、と二人のうち背の低いほうの護衛が、再びため息をつく。
「まったく、やってらんね……」
 途中まで言いかけて、護衛は黙ってしまった。不思議に思った背の高いほうの護衛が、相棒の肩を摑む。
「おい、どうしたんだ?」
「何か、聞こえてこないか……?」
 問われて、背の高い護衛は耳を澄ませた。

 おいで、おいで……私だけのあなた
 海の底の水は冷たいの……

 それは、美しい女の歌声だった。少し声に幼さが残っている気もしたが、まるで魂を引き込まれてしまうような感覚が二人を襲った。

 おいで、おいで……私だけのあなた
 海の底は暗く寂しい……

 聞き入ってしまった二人だが、やがて、背の低い方が何かに思い当たった。その顔に浮かぶのは、海軍の兵士らしからぬ、怯えた表情。顔色を青くして、彼はその名を呟いた。
「セイレーン……。船を沈める魔物、セイレーンだ!!」
 『セイレーン』は、航海中の船を海の中から魅惑的な歌声で誘い、海底へと引き込んでしまう魔物だと伝えられている。歌声を聴いた船は、必ず沈むと言う話である。単なる伝承の中の魔物だ。しかし、歌声は確かにこの耳に聞こえ、体の中に響いている。 
 姿の見えない恐怖。体が震え出した護衛たちを、声は誘う。
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