オリジナル小説

□雨の日の彼女
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 雨の日の朝。
 いつもように朝ご飯を食べて、いつものように制服を着て、いつものように電車に乗った。満員電車でもみくちゃにされながら眺めた窓の外は曇天。半分も起きてない頭で、僕はもう、どうにでもなれと、投げやりな言葉を心に吐いた。
 
 
 電車を降りてもまだ目は覚めない。かばんの中身は母さんの作った弁当と友達に借りた漫画。もちろん教科書は教室から滅多に動かない。でも、かばんは軽くても僕の瞼は十キロある。半開きの目で電車を降りて、のそのそと改札を抜けたら、後ろから走って来たサラリーマンが僕の肩にぶつかった。その拍子に僕の手から定期が逃げて、湿ったアスファルトに着地した。拾ってもきっと気持ち悪い感触しかしないだろう。それでもこれがないと僕は家に帰れない。
(つまらない)

 手を伸ばして、逃げた定期を捕まえた。重い瞼を閉じてしまおうか。
 変わらない制服、変わらない駅、変わらない電車、変わらない学校、変わらない毎日。
 平凡平和そのもので、何の不満もないはずなのに、僕の瞼はまだ重い。
(あぁ、今日もつまらない。どうせこのまま顔を上げたって、空は暗い灰色だろう?)
 降るか止むかどっちかにしろよってくらいの小雨の音が、勝手に耳に入ってくる。
 それでも、僕は学校に行かなくちゃいけないって寝ぼけた頭で分かってて、仕方なく定期を握って顔を上げた。

 それは、見事な青色だった。

 小雨の中、傘を差さずに走る人たちの中で、青い傘はゆっくりと遠ざかっていく。
 僕の瞼は、零グラム。あまりにも綺麗な青だったから、僕は忙しない駅の中、ただ突っ立ってることしかできなかった。
 木曜の朝、時計に追われる人たちの中で、彼女はさっそうと歩いていく。黒いジーンズに濃い緑のポロシャツ。歩くたびに緩いパーマのかかったブラウンの長い髪が揺れて、青い傘が小雨を弾いた。
 駅前の道、溢れる人混みの中で、彼女だけは紛れることなく青い傘と一緒に僕の視界に鮮やかに在り続ける。そして、交差点を右に曲がって、青い傘と彼女は僕の前から消えた。

 携帯が鳴って、電子音が僕に現実を告げる。
 その日、僕は学校に遅刻した。

 遅刻した罰は、放課後の教室掃除。机と机の隙間から窓をのぞけば、相変わらずの曇天で、でも雨は止んでいた。
 目に映る空は暗い灰色でも、僕の心には鮮やかな青色の傘が広がっていた。
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