オリジナル小説
□たとえ時代が流れようとも
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「見ろ!この草原の見渡す限り、俺の領地だ!!」
子供のようにはしゃいで、彼は言った。
――世は、戦国乱世。
一国の主である年若い彼は、その天才的な頭脳を持って、破竹の勢いで戦に勝ち続け、天下統一まで、もう手が届こうとしていた。
「わたくしも見とうございました。あなたと共に馬で駆け、風を切って行きとうございました」
そう言って彼女が微笑むと、彼は
「変わった女だ」
と、呆れたように呟いたが、顔は笑っていた。
二人は周囲の誰が見ても仲睦まじい夫婦であった。
子は、女を三人、末に男を一人儲け、一家は幸せであった。
世が平穏ならば、その幸せも長く続いたのであろうが、それは束の間の幸福であった。
裏切りは、人の世の常。
家臣に裏切られ、彼は、燃えさかる城で自害を決意した。
「夢にまで見た天下。我が手には収められなかったか。……おまえたちは逃げろ。身を隠し生き延びるんだ」
「あなた……」
「父様っ!!」
下の子供たちは逃がした。
此処にいるのは、彼女と長女の娘のみ。
泣き叫ぶ娘を抱きしめながら、彼女は彼を見つめた。
幾つも言葉が胸に浮かび、しかしそれは決して口から出ることは叶わない。
何を言っても遅いのだと。
武士たる彼が最期と決めたのであれば、それが彼の最期であるのだと、彼女は分かっている。
そして、己の人生を己の手で幕引くのもまた、武士としての生き様、彼の望むことなのだと、幼少より彼を知る彼女は分かっている。
瞳に涙を浮かべ、唇を噛み締めて己を見つめる妻に、彼は、一言だけ告げた。
「また、来世で」
「…………うれしゅう、ございます」
彼の最期の愛の言葉。
微笑む彼女の瞳からは涙が一筋流れ落ちた。
城は焼け落ち、城主は死んだ。
城主の妻と子供たちを始末しようと、裏切り者の家臣は方々を捜したが、何年経っても彼女達は見つからなかったという。