オリジナル小説

□たとえ時代が流れようとも
1ページ/3ページ

「見ろ!この草原の見渡す限り、俺の領地だ!!」
 子供のようにはしゃいで、彼は言った。


――世は、戦国乱世。

 一国の主である年若い彼は、その天才的な頭脳を持って、破竹の勢いで戦に勝ち続け、天下統一まで、もう手が届こうとしていた。

「わたくしも見とうございました。あなたと共に馬で駆け、風を切って行きとうございました」

 そう言って彼女が微笑むと、彼は

「変わった女だ」

と、呆れたように呟いたが、顔は笑っていた。

 二人は周囲の誰が見ても仲睦まじい夫婦であった。
 子は、女を三人、末に男を一人儲け、一家は幸せであった。

 世が平穏ならば、その幸せも長く続いたのであろうが、それは束の間の幸福であった。


 裏切りは、人の世の常。

 家臣に裏切られ、彼は、燃えさかる城で自害を決意した。

「夢にまで見た天下。我が手には収められなかったか。……おまえたちは逃げろ。身を隠し生き延びるんだ」

「あなた……」

「父様っ!!」

 下の子供たちは逃がした。
 此処にいるのは、彼女と長女の娘のみ。
 泣き叫ぶ娘を抱きしめながら、彼女は彼を見つめた。

 幾つも言葉が胸に浮かび、しかしそれは決して口から出ることは叶わない。

 何を言っても遅いのだと。

 武士たる彼が最期と決めたのであれば、それが彼の最期であるのだと、彼女は分かっている。

 そして、己の人生を己の手で幕引くのもまた、武士としての生き様、彼の望むことなのだと、幼少より彼を知る彼女は分かっている。

 瞳に涙を浮かべ、唇を噛み締めて己を見つめる妻に、彼は、一言だけ告げた。

「また、来世で」

「…………うれしゅう、ございます」

 彼の最期の愛の言葉。
 微笑む彼女の瞳からは涙が一筋流れ落ちた。


 城は焼け落ち、城主は死んだ。

 城主の妻と子供たちを始末しようと、裏切り者の家臣は方々を捜したが、何年経っても彼女達は見つからなかったという。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ