オリジナル小説
□古の森の魔法使い
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ブラウンのスカートが、木の葉とともにさわりと揺れた。昇りたての太陽が小川を照らす。溢れる光が、水面の上で、きらきらダンスする。せせらぎと小鳥のさえずりに合わせて踊る光に女は目を細めた。
本日は、洗濯日和。薄いピンクのエプロンをかけて、盥の中で子供服を洗う。女の右肩には小鳥が、左肩にはリスが乗って、逃げる気配もない。
穏やかな朝、爽やかな風とともに、後ろから間延びした声がかけられた。
「ね〜え、ハニィ〜。早くご本読んでよぉ〜」
「ん〜?」
生返事をすれば、背中に柔らかな衝撃。振り返れば、一匹の猫が、背中にしがみついている。にゃあと鳴くついでに、猫は彼女の背中にちょこっと爪をたてる。
「ねぇ、ねぇ、ハニィ〜。早くぅ〜」
「もー、この服誰が汚したと思ってんのよ」
「ボクだけど…………」
ハニィがわざと呆れて見せると、猫はしゅんとうなだれてしまった。意地悪し過ぎたかな、とハニィは微笑む。
洗濯の手を止めて、ハニィは振り返った。
小鳥とリスが肩から去っていくと、ハニィは円らな瞳の黒猫を抱き上げた。
「怒ってないわよ、ダーリン」
ゆっくり名を呼ぶと、黒猫のダーリンはほっとしたように、にゃあと鳴いた。
どういうつもりで、つけたのか、自分はハニィなんてふざけた名前だ。両親は異民族の略奪で死んだから、今となっては聞くこともできないが、それを考えても仕方がない。ともかく、自分がそんな名前だから、相棒にもお揃いの名前をつけた。
ダーリンはたまらなく手触りがいい、ハニィは一日の中でダーリンの毛並みを撫でている時が一番幸せだ。もちろん、ダーリンにはそんなこと言わない。
「やーめーろーよー」
なんて言ってはいるものの、ダーリンは膝の上で、ごろごろ伸びている。実はダーリンもハニィに撫でられている時が、一日の中で一番好きだが、もちろん、ハニィには内緒である。
そんな風に二人がじゃれていると、ふと、風が生暖かくなり、不穏な空気を運んできた。森の外、東の方角を振り返り、耳を澄ませば、鳥たちの羽ばたく音が微かに聞こえる。
ぶわりと一際強い風が吹きつける。乱れるブロンドを耳の後ろで押さえ、顔を伏せる。
再び顔を上げた時、ハニィの前にはひとりの男が立っていた。否、男の下半身は大蛇だから、立っているというのは間違いかもしれない。
「ハニィ、お楽しみのところ申し訳ありません。東から、斧を持った二人の男が森に入りました。いかがいたします?ちょっと行って私が噛んで参りましょうか?」
恭しく一礼する蛇男に、ハニィはハァとわざとらしくため息を吐いて見せた。