オリジナル小説
□悲愛
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足音が近づいてくる。
臣下が集まり、戦の準備が整っていくのだと分かる。
道具であるが、戦場では役に立たぬ故に、一礼をして部屋を出た。
擦れ違う臣下の者たちは、正室の姿を見ると少ないながら、励ましの言葉をかけて、今しがた出てきた部屋へと入っていく。
立ち止まってそれを見送っていると、一人の武将が目の前で足を止めた。
その者は、やはり夫の臣下の一人で、左目に傷を負いそれを仮面で隠しているのが特徴であった。
まだ年若いのだが、戦場に立てばその者に敵う敵はなく、風のように戦場を駆け抜けることから、”隻眼の風神”の異名をとる。
夫の懐刀とも呼ばれていた。
「なんでございましょうか?紫崎殿」
名を呼び尋ねれば、右眼の鋭き眼光が己を捕えたのが分かった。
それに込められるは、先ほど励ましていった臣下たちとは異なるもの。
それは、紛れもない敵意。
戦場で”隻眼の風神”に殺される者の気持ちが、少しばかり分かる気がしてしまう。
そして、”隻眼の風神”は、右眼を決して逸らさず、こう告げる。
「あの方の隣は貴女様のもの。だが、あの方の背中は、譲らない」
それだけを告げて、たったそれだけを告げて、神の異名をとる青年は去って行った。