オリジナル小説
□古の森の魔法使い
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「あんた毒蛇でしょ?噛んだら死んじゃうでしょうが」
「おや、それはなりませんか?」
惚けた様子で首を傾げるが、蛇男の顔は笑っている。まったくもう、と腰に手を当てて、ハニィは立ち上がった。
「ダメよ。この森では人間が殺すのはダメ、人間も殺すのはダメって言ったでしょ?」
「それは失礼致しました」
再び恭しくも見事に美しいお辞儀をしてみせる蛇男。彼は、はじめからハニィがなんと答えるのか分かっているのだ。つまり、この応酬も言葉遊びなのである。
彼はこの小川の精霊。長い年月を生きていると遊びを忘れそうになっていけない、と以前笑っていたのを思い出す。
ともかく、目下問題は森への侵入者だ。
ダーリンはいつの間にかハニィの右肩に乗っかっている。
「どーすんの?ハニィ」
「こーすんのよ」
ハニィが腕を一振り。ぐらぐらと体が揺れたのは一瞬。瞬きの間に景色が変わっていた。
周りは高い木々に覆われていて、目の前には、薄汚れた服の男が二人。突然現れた女と猫に驚いて、手に持った斧を落としそうになっている。
男たちがいつまでも黙っているので、痺れを切らしたハニィが口を開いた。
「あんたたち、この森は人間立ち入り禁止なの。悪いけど帰って」
ポカンとしていた男たちは女の言葉に我を取り戻した。斧を構えて、ギロリとハニィを睨みつける。
「てめぇも人間じゃねぇか」
「違うわ、人間じゃない。私は魔法使いよ」
嫌悪を滲ませた視線で、ハニィは男を射抜いた。ハニィの台詞に男たちは一転、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「『魔法使い』だって?ハン!気味悪ぃ化けもんだろ?精霊が見えるなんて嘘つきやがって、妙な術を使うし、そういう奴は確かに人間とは言えねぇなぁ」
「お前もどうせ、村からつまはじきにされて追い出されたんだろう。ハハハッ!」
男たちの高笑いに、ハニィは顔をしかめた。悔しそうに唇を噛み、拳を握り締める。
ハニィは精霊が見えた。しかし、自分以外で精霊が見える者に会ったことはない。噂では何度か、『精霊が見えると嘘をついて怪しい術を使う奴が村を追い出された』と聞いたことがある。その手の噂では、決まって精霊が見える者を『人間』として扱わない。彼らは皆、精霊の見えない者たちに『化物』と呼ばれる。
「黙れ、くそじじぃ!!」
右肩のダーリンが吼えた。突然猫が喋ったものだから、男たちは再び言葉を失った。